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9/3【海外サイエンス・実況中継】マサチューセッツ工科大学 材料科学専攻紹介 第一部

posted Jan 30, 2012, 12:23 PM by Yunke Song   [ updated Apr 20, 2012, 7:04 PM by Yuji Takeda ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ September 2011, Vol. 53, No. 42
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
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マサチューセッツ工科大学材料科学専攻紹介 第一部
工藤朗
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今回と次回、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts 
Institute of Technology, MIT)の材料科学専攻 
(Department of Materials Science and Engineering)の
博士課程に在籍されている工藤朗さんがご自分の大学と
所属する材料科学専攻を2回にわたり紹介してくださいます。

今回の第一部では世界の材料研究の最高峰の一つであるMITの
材料科学専攻とご自身の研究について書いてくださりました。
アメリカ大学院留学では大きな関門の一つであるQualifying exam
についても触れてくださっています。また工藤さんが留学を目指した
きっかけも書いてくださりとてもユニークでおもしろい内容となって
います。
次回の第二部では留学希望者にとって大いに気になるMITの入学選考
と卒業後の進路について執筆してくださる予定です。

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マサチューセッツ工科大学材料科学専攻紹介 第一部
工藤朗
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皆さん初めまして。マサチューセッツ工科大学大学院材料科学専攻
PhD課程の工藤朗と申します。進学準備をしていた頃から読んでいた
メルマガに自分の記事が載るというのは大変光栄です。
僭越ながら僕の所属やそこでの経験を述べさせて頂きます。

1.渡米までとMIT

僕は日本では東北大学にいまして、修士課程1年目の冬に出願・合格し、
2年目の秋に渡米しました。日本での修士号は取得していません。
修士の途中で申請というのはあまり聞かないかもしれないですね。
僕の周りでも、多くは学部4年か修士2年の冬に出願しています。
別の言い方をするとやろうと思えば日本で修士を終えるまでに3回
チャンスがあるので、絶対にアメリカの大学院に行きたいと思う人はぜひ。

 MITはマサチューセッツ州ケンブリッジ市という場所にあります。
チャールズ川を挟んで向こうには歴史の深いボストン市を眺め、
両市を合わせればMITの他にハーバード大学・タフツ大学・
ボストン大学・バークリー音楽大学などが集中し、学術研究・文化の
両面で非常に豊かな場所です。チャールズ川では、カヤックで川下りも
出来ますよ。非常にいい場所なのですが、MIT周りの飯屋は美味しくない
上に安くもないところが多く、勉強で大変な一年目(後述)は自炊も
ままならず、数件の中華料理屋を何度も何度も使うはめになりました。
ハーバードの周りやボストン市内には結構いい場所があるんですけどね。

2.MIT材料科学専攻

 MITは工学・科学の広い分野で評価される大学であり、DMSEも例外では
ありません。教育・研究・福利厚生などで評価する各種ランキングでは、
学部・大学院ともに分野首位に立ち続けています。とはいっても
材料科学は扱う内容の広い分野であり、MITのDMSEにも特に力を入れて
いる分野とそうでない分野があります。古典的な材料研究(冶金・
溶接技術・金属加工など)よりも、エネルギー代替技術に関する材料や
ソフトマテリアルなど学際的領域が盛んな印象を受けます。

 カリキュラムは相当充実しています。まず、アメリカの大学院は基本
どこもそうですが授業は大変です。DMSEは1年目の最後にQual
(Qualification Examの略)の筆記パートがあり、基礎知識の総まとめを
行います。次に2年目の半分ちょい過ぎたところでQualの口頭パートと
研究プロポーザルがあります。口頭パートはその名の通り、筆記でカバー
した基礎科目からの出題に口頭で解答するというものです。
研究プロポーザルでは自分の学位のための研究内容についてプレゼンし、
教授からそれが本当に学位取得にふさわしいものか様々な質問を受けます。
2年目の秋~冬から意識し始め、本番に備えます。ところがこのQual口頭
と研究プロポーザル、僕の年から変更があるそうで・・・。
二つを一つにするとか、そう言う感じでしょうか。まだ公式に発表されて
いません。一年目は専門必修科目(熱力学・物性論・動力学・材料力学)
を2つずつ2セメスターで終えて、Qual筆記に備えます。基礎科学から
徹底的に叩き込みつつ、座学から研究への橋わたしをしっかりと行って
くれるので、一通り終えると驚くほど科学が分かる/使えるようになって
いました。「今日習った内容、こういうふうにしたら研究に使えるのでは
?」と考えたことが、実際に論文に出ると嬉しくなります(つまり自分の
アイディアが論文として認められる素材であることを試行・確認できる)
。これは研究者としてやっていくうえで重要な経験だと思います。この
経験の回数が増えるにつれて、自分のアイディアに本当に意味があるのか
、ただのガラクタなのかが判別できるようになるのではないかと。
なんといっても最近scienceに載った論文や現役教授陣の研究内容を
期末試験の題材に使った授業もありますから、問題を解くだけではなく
それをどう使うのかまで鍛えられることになります。東北大学で受けた
授業が「即戦力となる技術者のための材料工学」だとすれば、
MITで受けた授業は「自立した研究者になるための材料科学」でしょうか。
課題については大量に出るというのは事実だったのですが、
「一切やらなくても成績には加味しないが、やらないと試験で失敗し
成績が下がる」という生徒の自主性を養う涙が出るほど嬉しい仕様が
多かったです。もちろん全部やることになります。他にもリーディング
がなかなか進まず大変だったり、どの授業もセメスター中に試験が3回
あったりと、年中苦労し続けた1年目でした。橋を渡って
隣のボストン市ですが、実はまだほとんど観光もしていません。
このまま卒業してしまうのではないかと不安です(これを書いている
段階でもう夏休みは終わりかけ)。ちなみに「途中で退学させられる」
という話ですが、ウチの学科ではあまりそういうケースは聞きません。
いないとは言ってませんよ。僕が経験した範囲ですが、Qual筆記は
2~3人が翌年再試になる程度です。成績は上記4科目について
Cが一つでも付くとヤバい。どこかでAを取って挽回しないと
なりませんが、Cが付く人数は毎科目1割前後でしょうか。

 次に研究です。1セメスターが始まってすぐ、10月半ばまでには
どこかに所属するようにとの連絡が。興味のある研究をしている先生に
片っ端からメールをし、面接アポを取り、自分を売り込みます。
ここで日本との最大の違いは、自分の所属していない学科の研究室にも
入れるということ。僕はDMSEの他に化学工学・物理・科学・
電子工学専攻の教授の研究を調べてメールをし、最終的に宇宙工学専攻
と化学工学専攻の教授にお世話になっています。学際研究万歳。
所属してすぐは少し出入りする程度でしたが、冬休みには今こそ研究を
本格化する絶好の機会と言うことで日々実験装置の作製に従事。
2セメスターはまた授業が大変なので試験の合間に顔を出し、夏学期は
2~3週間の帰省を除いて研究です。教授によって変わりますが、
僕のところはコアタイム等が無く、自分のペースで進めつつしっかりと
成果を出していくことが求められています。

 研究の内容を軽く紹介すると、カーボンナノチューブ(CNT)の発生
に必要な触媒、延いてはその発生原理について研究しています。
CNT自体は聞いたことがある人も多いでしょう。
1991年(もうちょっと前に発見されていたと言う話もある)に発見と
構造の解析がなされたCNTですが、20年経った今もその発生原理は
はっきりと分かっていません。そのためにカイラリティ別の作り方が
分からず、エレクトロニクスへの応用はデスバレーをまだ越えられて
いない状況にあります。ここ数年の間でようやく、ケンブリッジ大学
の研究者らが成長中のCNTを直接電子顕微鏡で観察することに
成功しました。このグループは僕のいるグループと共同研究を
しており、その結果によると触媒として作用している金属ナノ粒子が、
発生・成長の最中にダイナミックに変形していると考えられています。
一方で僕のいるグループが、金属ではなく酸化物のナノ粒子にも
CNT発生に対する触媒作用があることを発表しました。これにより現在
までに調べられていない物質の幅が大きく広がり、よりよい触媒の
発見に期待がかかっています。発見当初から鳴り物入りで
研究されながらも、期待された応用に一歩届かず20年も経っている
CNTですが、実用的なナノエレクトロニクスの主役に大化けする日
もそう遠くないのかもしれません。

3.留学のきっかけ

 僕は青森県の小さな町で高校を終わるまで過ごしました。
大学も仙台で、日本にいるうちに東北地方から出て暮らすことは
ありませんでした。よく考えるとすごく閉じた環境にいたものです。
本を読むのも大嫌いでしたし、自由にネットを見るようになったのも
大学入ってからでしたし。情報の孤島。蕪島(青森)・松島(宮城)
・山寺(山形)に龍泉洞(岩手)と、いい所いっぱいなんですけどね
東北。飯旨いし。まあそれはそれだ。
 学部2年の時、スタンフォード大学で客員教授も務めていた先生
の授業をたまたま取ったんですよ。その先生はどう思っていたのか
は分かりませんが、雑談の端々に「スタンフォードの学生は
すごいんだぜ」という意思が見え隠れしたんです。ハーバードや
ITくらいしかアメリカの大学を知らなかった僕は、
そのなんとかフォードっていうハーバード2号みたいなのを
誇らしげに語る口調にイラっとしました。同時に東北大に
居続けることが研究者としてやっていく上でベストなのか、漠然と
不安になったんだと思います。

 そのあと留学生の生活を支援するサークルに入りました。
そこで出会った先輩に「アメリカ大学院・PhDの長期留学に
行かないか?」と誘われまして。これであのなんとかフォード
にも勝てるのかもしれんと思い、何をどうすればいいのかも
知らずに「行きます。どうしたらいいんですか?」とノリで二つ
返事したのが全ての始まりでした。この先輩には今でも本当に
感謝しています。この時から就職はほとんど考えませんでしたし、
どこにも受からないなんてことも考えませんでした。
海外大学院での楽しい(であろう)生活で頭がいっぱいだったのと、
出願準備が大変で他に悩む余裕も無かったのでしょう。
それからも素晴らしい先生や先輩、友人に恵まれ、運にも恵まれ、
東海岸まで来てなんとかやっています。

 普通にしていたらとてもPhDで留学なんて考えなかったと思います。
ただ「研究者になりたいなあ」と高校の頃から思い続けていたのは
事実です。そのために自分で決断をし、
自分でその責任をとって進んだ結果が今なのでしょう。
人の価値観や環境が押し付ける価値観に振り回されず、
自分のやりたいことを追求して下さい。

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執筆者自己紹介
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工藤朗
2005年東北大学工学部材料科学総合学科入学
2009年東北大学大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻入学
2010年マサチューセッツ工科大学大学院材料科学専攻PhD課程入学


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編集者自己紹介
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松田佑介
2002年東北大学工学部機械・知能系卒業
2005年東北大学工学部工学研究科機械システムデザイン専攻修士課程修了
2003-2004年カリフォルニア大学サンディエゴ校交換留学
2005から2008年8月まで日立グローバルストレージテクノロジーズにてハード
ディスクドライブの研究開発に従事。同社退職後2008より
Stanford University Materials Science and 
Engineering,Ph.D. programに在籍。
専門分野は材料工学(機械特性)および表面分析。

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編集後記
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1年目は本当にあっという間でした。自分の無知とそれまでの努力の不足を
痛感しました。しかしそれこそが僕がここに求めていたものであり、
留学した事については本当に満足しています。自立した研究者として、
自分のアイディアで人を巻き込み、それを全く新しい発見・開発として
まとめて世に送り出せる。僕の目指す場所へたどり着くまでに許された
時間は決して長くない。
2年目からも健康に気を遣いつつ(自炊と運動!)頑張ります。
(工藤)
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編集後記
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今回初めてメルマガ発行を担当させていただきました。
9月からPh.D.課程の四年目に突入し研究もまとめの時期に差し掛かって
います。研究以外にも卒業後の進路についても考えつつあり
悩ましい毎日を送っています。

(松田)

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