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注目される研究分野・研究者と求められる人材~環境科学・工学(Environmental Science and Engineering ) 2/2 ~

posted Jan 30, 2012, 12:11 PM by Yunke Song   [ updated Jan 31, 2013, 5:26 PM by Yuji Takeda ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ June 2009, Vol. 53, No. 20
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
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9月の編集を担当させていただく青木敏洋です。
今回は前回に続き、環境科学・工学領域の記事を紹介したいと思います。

この内容は、Harvard University、Organismic and Evolutionary Biology
にてPh.D. 課程を修了され、現在は兵庫県立大学大学院准教授の伊勢武史さん、
MIT, Program in Atmospheres, Oceans, and ClimateにてPh.D. 課程を修了
され、現在は電力中央研究所所属の杉山昌広さん、University of Michigan
Environmental & Water Resources EngineeringにてPh.D. 課程を修了され、
現在は東京農工大学所属の斎藤広隆さん、そして編集でも登場されている、
Tufts University, Nutritional EpidemiologyにてPh.D. 課程を修了され、
現在はHarvard School of Public Health, Dept. of Epidemiology所属の
栄養学、疫学者の今村文昭さんらが執筆してくださいました。

今回の記事も、「理系大学院留学-アメリカで目指す研究者への道」からの
抜粋です。

この本には理系大学院留学のノウハウのみならず、留学体験談や最新の研究
分野まで非常にバライティーに富んだ内容となっており、大学院希望者に
とっては必携のマニュアル、そうでない方にとっても楽しんでいただける
内容となっております。

興味のある方は是非、↓のリンクをご覧ください。
http://kagakusha.net/alc/

ご意見などございましたら、カガクシャ・ネットホームページ経
由、Eメールでもご連絡をお待ちしております。今後配信して欲し
い内容や、その他の要望などもお願いします。
http://kagakusha.net/

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注目される研究分野・研究者と求められる人材
~環境科学・工学(Environmental Science and Engineering ) 2/2 ~

伊勢武史, 杉山昌広, 斎藤広隆, 今村文昭
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2.土木・環境工学(Civil and Environmental Engineering)

土木工学は土地開発を含む生活空間向上のための社会資本の整備、環境工学
はかつて衛生工学などと呼ばれたように、主に生活環境の向上を技術的に解決
するために発展してきた応用科学です。言うまでも無く、土木工学や環境工学
が日本のみならず欧米諸国の近代化に果たしてきた役割はとても大きく、その
貢献は甚大なものです。例えば、アメリカにて1930年代に完成したフーバー
ダムや、20世紀後半に完成したシエラネバダ山脈などカリフォルニア北部か
らカリフォルニア南部へと水を運ぶ、総延長1000kmを越える巨大なカリフォ
ルニア導水路(California Aqueduct)など、巨大事業が行われてきました。

また、下水処理技術の進歩は、社会の衛生状態を飛躍的に向上させ、平均寿命
を大きく延ばすことに貢献しています。今日では、これら巨大な公共事業は環
境負荷の問題などからネガティブに捉えられることが多くなり、従来型の土木
工学や環境工学には、新たな進展が求められています。

土木工学・環境工学の貢献

また、社会資本が未熟な国の場合、土木インフラストラクチャの整備が生活
の質の向上や食糧生産の安定的確保に直接つながることもあり、伝統的な土木
工学(農業土木)・環境工学はまだまだ貢献の場が多いと言えます。世界には、
水不足あるいは、水が十分にあっても効率的に使えず、安定的な食糧生産が確
保できていないところがとても多いのです。乾燥地や半乾燥地の問題を例に考
えてみましょう。乾燥地での農業、砂漠化の抑制などの課題を考えたとき、そ
の対策として塩害や乾燥に対し、強い作物を遺伝的に開発する試みが挙げられ
ます。しかし、乾燥地対策として最もすばやく効果をもたらす対策は、ダムな
ど水資源の確保を可能とする土木工事にほかなりません。また、東南アジアな
ど多雨の地域では、降雨量が偏在しており、そのために、温暖な気候を活かし
た米の二毛作などができなくなります。このような場合も、水路やダムの整備
により、偏在する降雨量に対しても水を安定的に供給することで、二毛作など
による増産・増収を見込めるようになります。このように、実はこれまで先進
諸国で使われてきた土木工学・環境工学に関する技術は、地球規模で考えれば
まだまだ貢献する場が残っていることがわかります。

一方先進国では、従来の環境工学の知識・技術では対応しきれない課題が多
くあり、この分野の更なる発展が期待されています。例えば、世界的な人口の
増加に伴う、水・食糧・エネルギー需要の増加に応えると同時に、環境負荷を
最小とする、気候変動になるべく影響を与えない新しい材料・社会基盤・プロ
セスの提案を通して貢献することです。特に、土木工学においては持続的な社
会基盤の設計が、環境工学では人間活動と自然環境保護とのバランスを考慮し
た環境技術が求められています。

人間活動と地球環境システムとのバランスについてといっても、自然環境で
起こる現象は、物理・化学・生物プロセスがそれぞれ複雑に絡み合ったもので
あり、未だ解明されていないことが多いのが実情です。例えば世界にはさまざ
まな水問題がありますが、その多くは、水の循環プロセスが十分にわかってい
ないために、根本的な解決が妨げられているような例がいくつかあります。従
って、土の間隙スケールの短時間の水移動から、流域スケールの季節変動、あ
るいは地球規模の長期間の気候変動まで、幅広い空間・時間スケールでの水の
移動・循環についての研究がまだまだ必要です。応用科学としては、たとえば
MITのEntekhabi教授*7が進めるように、最新のリモートセンシング技術を導
入し、広域水循環について効率化を図る研究が挙げられます。また、現象を理
化するということだけでなく、従来の環境整備の技術にコンピューターサイエ
ンスを導入することにより、災害の対策や細かな気候変動に対応した社会環境
のデザインが可能になります。

環境負荷物質に対する浄化・除去技術開発に関する研究

水に限らずエネルギー資源についてもその存在は空間的に限定があり、水の
場合同様にこの限られた資源を有効利用するため、さまざまな空間的・時間的
スケールでのエネルギー資源の動態解析とその応用が土木・環境工学の研究対
象となります。そのほか、ナノ・コロイド粒子や医療薬品などに代表される、
この分野では比較的これまで取り扱ってこなかった新しいタイプの環境負荷物
質(環境汚染物質だけでなく、温暖化ガスなど環境に負荷を与えるものの総称)
に対する浄化・除去技術開発のための研究も、注目される研究分野の一つです。
しかし、例えばナノ・コロイド粒子の浄化やナノ・コロイド粒子を利用した環
境浄化には、まずは環境中の動態が理解されていることが必要です。環境中の
ナノ・コロイド粒子の動態にはまだまだわからないところが多く、新たな研究
課題が浮き彫りとなっており、コーネル大学のSteenhuis教授*8を筆頭に研究
が進められています。こうした環境負荷物質については、基礎的な研究から、
進展が望まれています。

二酸化炭素の回収・貯留に関する研究

もう一つ土木・環境工学分野で、今後注目を集めると思われる研究分野とし
て、地球温暖化問題関わるもので、コロンビア大学のLackner教授*9による研
究に代表されるような二酸化炭素の回収・貯留(Carbon Capture and
Storage, CCS)に関する研究があります。これは地球の温暖化を引き起こす
原因の一つと言われている二酸化炭素ガスを、回収して例えば地中深くに貯留
して隔離することによって、大気への放出を抑制するというものです。土壌や
海洋の生態系の利用、工学技術の応用など幅広いアプローチが採られています
が、この技術の実用化にはまだまだ超えなければならないハードルが多く、世
界でもまだほとんどが実験段階です。しかし例えば地下貯留の場合であれば、
土木・環境工学がこれまで培ってきた地盤岩盤の力学、土中の物質移動学など
の知識・技術を基本として、超臨界流体の地盤中の移動など、この技術特有の
問題に対して貢献が期待できます。この問題に関してはコンピューターシミュ
レーションが欠かせませんが、ローレンスバークリー国立研究所のPruess教
授*10が中心となって開発している多孔質体中の物質移動のシミュレーション
コードなど、世界で活躍するツールも登場しています。

社会全体のシステムをデザインする環境工学

二酸化炭素の排出や回収に関わる科学だけではなく、従来の化石燃料に代わ
るエネルギー資源として注目されている水素ガスや植物由来のバイオマス資源
のエネルギー、太陽光、風力、さらには宇宙の電磁波などの自然エネルギーに
関する科学、その応用を担う技術開発は今後も進展していくことでしょう。そ
して、何より、発展している技術を、既存の社会に根付かせ、効率よくエネル
ギーを循環させる、社会全体のシステムをデザインする環境工学の貢献は欠か
せません。個々の科学や応用技術だけではなく、それらと従来のものを結びつ
けて発展させ、高効率の持続的な社会を作るシステムの研究が、今後さらに必
要とされるでしょう。

そうした社会のデザインには社会や経済が深く関わっていきます。なぜなら、
地球温暖化対策や環境工学の研究は、環境税や排出権取引の制度設計、京都議
定書後の国際枠組みと国際交渉など、いわゆる文 系の研究が重要だからです。
そうした領域に、再生可能エネルギーや省エネ技術などの技術が深く関わるた
め、自然科学と社会科学の中間的な研究も欠かすことはできません。
次に、そういった科学の発展と社会をつなげる研究について紹介します。

3.環境科学と社会科学

温暖化対策というと細目に電気を消すというイメージが浮かぶかもしれませ
んが、対策の規模はとてつもなく大きなものです。プリンストン大学の
Pacala教授*11とSocolow教授*12は、簡略化された排出シナリオを仮定して
2050年ごろまでの二酸化炭素削減量を検討しました(2004, Science)。削減
量を7等分してクサビとよび(グラフでは三角形に見えるためこう呼ばれる)、
クサビに相当する技術導入量を計算しました。例えば、20億台分の自動車の
燃費が2倍に向上する必要があります。風力発電なら現状の50倍の導入量が、
太陽光発電なら700倍という、膨大な量が必要なことが明らかになりました。
温暖化対策ではさまざまな計算がなされていますが多くのものは理解が難し
く、対策を技術的に整理していくのは大事なことです。Socolow教授のグルー
プは、さまざまな技術の詳細な検討や全体像の整理の研究を行っています。

技術の導入必要量がわかったら次に気になるのはコストです。温暖化対策の
コスト計算が難しいのは技術開発が積極的に行われていることによるコスト低
減の可能性からです。こうした推移について、カリフォルニア大バークリー校
のKammen教授*13は長年にわたり、企業投資や研究開発への取り組みと技術
進歩の関係を研究しています。また、最近話題の太陽電池を考えれば、長期的
に見れば安くなってきていることがわかっていますが、近年は低下の度合いに
振れがでてきています。Kammen教授のもとで研究したNemet(現ウィスコン
シン大学助教授)*14は太陽電池のコストの変化を製造工程ごとに研究し、習
熟効果の時間的な変化などを考慮に入れるなど、さまざまな方法で研究してき
ています。こうした研究でコスト低減にはバラつきがあり、大きな不確実性が
あることがわかっています。

科学と実社会を結びつける科学

個々の技術に不確実性があることがわかりましたが、これらの技術を組み合
わせるとどうなるのでしょうか。MITのWebster助教授*15らは長年温暖化の
不確実性について社会経済システムと気候システムを統合したモデルを開発し
てきました。Websterの所属するMITの研究プログラムは経済学者のJacoby
教授*16と大気化学者のPrinn教授*17が率いており、統合モデルで温暖化の予
測(例えばForest et al. 2001, Science)と対策の両面から不確実性について
研究してきています。最近の計算では対策がない場合の2100年の温度上昇は
3.5℃から7.4℃になるという結果が得られています(Webster et al. 2009,
MIT Joint Program report)。

基礎科学や工学が発展するさなか、その科学と実社会を双方向で結びつける
科学が必要なのです。温暖化対策を含める環境の科学はめまぐるしく発展して
いるため、上記のような研究はますます重要性を高めていくことでしょう。

研究者情報
2.土木・環境工学
*7:Dara Entekhabi, MIT, Dept. of Civil & Environmental Engineering
*8: Tammo Steenbuis, Cornell Univ., Dept. of Biological and Environmental
Engineering
*9:Claus S. Lackner, Columbia Univ., The Earth Institute
*10:Karsten Pruess, Lawrence Berkeley National Lab, Earth Sciences Division
3.環境科学と社会科学
*11:Stephen Pacala, Princeton Univ., Dept. of Ecology and Evolutionary Biology
*12: Robert H. Socolow, Princeton Univ., Dept. of Mechanical & Aerospace Engineering
*13: Daniel M. Kammen, Univ. of California at Berkeley, Energy and Resources Group
*14: Gregory F. Nemet, Univ. of Wisconsin-Madison, Dept. of Public Affairs and
Environmental Studies
*15:Mort David Webster, MIT, Engineering Systems Division
*16:Henry D. Jacoby, MIT, Sloan School of Management
*17:Ronald G. Prinn, MIT, Dept. of Earth, Atmospheric and Planetary Sciences



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自己紹介
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青木敏洋
熊本大学工学部卒業(1998年)、熊本大学博士前期課程修了(2000年)。
米国アリゾナ州立大学材料科学・工学Ph.D.課程修了(2003年)。
アリゾナ州立大学、ジョン・M・カウリー高分解能電子顕微鏡センターでの
ポスドクを経て、現在、JEOL USA, Inc.勤務。2009年より、米国リーハイ大学
にて客員研究員を兼務。ボストン郊外在住、仕事でアメリカ大陸を飛び回る。


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編集後記
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先週末はニューイングランド沖をハリケーンアールが通過すると言う天気予報
で私も出張先のフロリダからの飛行機が遅れて大変でしたが、幸い、ハリケーン
は弱まり、更にそれてくれたので被害が出ずにほっとしました。その週はとても
暑かったボストンですが、今週末はすっかり秋の空気、最高・最低気温22/11℃
と非常に過ごしやすい季節となりました。先週のことが遠い昔のように思えます。
日本では未だに34℃/27℃と厳しい残暑が続いているようです。お体にお気をつけ
ください。

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