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【海外サイエンス・実況中継】注目される研究分野・研究者と求められる人材 ~情報科学~

posted Jan 30, 2012, 12:08 PM by Yunke Song   [ updated Jan 30, 2012, 12:08 PM ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ April 2010, Vol. 53, No. 14
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
_/
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こんにちは・・
5月の編集を担当させていただく今村文昭です。

幾度も、紹介させていただきました「理系大学院留学-アメリカで
目指す研究者への道」・・多くのKagakushaメンバーが紹介してい
るよう大学院留学を志す人にぜひ手に取って頂きたい書籍ではあり
ますが、私としては、アメリカの大学院運営に興味がある人にも、
読んで頂けたらと考えております。

日本の大学院運営に関わっていらっしゃる方、あるいは日本の大学
院に所属していらっしゃる方など、北米のサイエンティストがどの
ような環境で育まれているのか、参考になるかと思いのです。
そんな視点でも、多くの方の手に取っていただけたらと思っていま
す。
http://kagakusha.net/alc/

今回は、情報科学の領域の
「注目される研究分野・研究者と求められる人材」
の一部について紹介したいと思います。
この内容は、Carnegie Mellon Universityの嶋英樹さんが
執筆してくださいました。

 私は疫学者として、生物統計学の知見を用いて研究をしています
が、統計の関係でコンピューターにはお世話になりっぱなしです。
しかし、その内部でどういった科学が進展しているのか知る機会は
限られており、科学者としては恥ずかしい限り・・。嶋さんの文章
のおかげで、とりあえず、その知見に触れることができよかったと
思います。

 研究は、難しいでしょうが、どんな研究が行われているか・・と
いう本稿の内容は非常にわかり易いので、ぜひご覧ください。なお、
上記の書籍の掲載分から、抜粋し、メルマガ用に少し編集いたしました。

 またこの内容を読んで、思い出した単語が"Heuristic"という単
語です。前回と前々回の流れにならい、私の専門とする栄養学・疫
学の知見から、情報科学への興味について最後に紹介したいと思い
ます。

 ご意見などございましたら、カガクシャ・ネットホームページ経
由、Eメールでもご連絡をお待ちしております。今後配信して欲し
い内容や、その他の要望など大歓迎です。
http://kagakusha.net/


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注目される研究分野・研究者と求められる人材
~情報科学(Computer Science)~

嶋 英樹
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情報科学とは

 情報科学(Computer Science, Information Science)
とは、一言でいうとコンピューター関連の分野です。

数学に近い分野(情報圧縮や暗号理論)からコンピューター自体に
ついての分野(ハードウェア、OS、プログラミング言語、ソフトウ
ェア工学、データベース)、コンピューターを使って諸問題を解決
する分野(情報検索、ロボット工学)など、対象テーマは幅広いで
す。

20世紀後半に誕生した歴史の浅い分野にも関わらず、コンピュー
ターの進化の速さに支えられて、目覚しい成長を遂げてきました。


◆今後求められる人材
 情報科学に一番関係が深いのは数学であるため、数学が得意な人
は適正があります。黎明期には数学や物理を専攻していた人たちが
この分野を築いてきており、数学オリンピックに参加した人が情報
科学に進んだという例も聞きます。

加えて、アメリカを中心に発達してきた分野なので、英語はでき
たほうが明らかに有利です。日本では英語が嫌で理系を選ぶという
選択をする人もいますが、この分野では数学も英語もできる人材が
確実に求められています。

 若いうちにキャリアを積みたいという野心的な人も求められてい
ます。目まぐるしく変わる先端技術への対応力があるためか、この
分野では若くして成功している人が比較的多くいます。

例えばMicrosoft、Google、Facebook(Ref. 1-3)などは、
いずれも若い創業者によって作られた会社です。

 2009年に日本政府が行った事業仕分けによるスーパーコンピュー
ターの予算削減問題では、研究者側の説明不足が指摘されていまし
た。こうした背景の中、ソフトウェアなど目に見えない対象を扱う
情報科学では、抽象的な物事をわかりやすく説明する能力のある人
材も求められています。

例えば、
「コンピューターは、どんな暗算の達人でもできないような何万桁
もの足し算や掛け算でも一瞬で正確にできるのに、どうして人の顔
を見分けたりするのがそんなに難しいことなのか」
といったことや「ソフトウェア開発を建築に例えることがあるが、
建築ではうまくいくのにどうしてソフトウェアの開発では見積もり
が大きく狂ったり、成果物に欠陥があったりするのか」というよう
な疑問に対して、わかりやすく答えられる人材です。

 伝統的な縦割りの組織形態では解決できない問題が増えるにつれ、
分野横断的な研究者の需要も高いです。計算生物学、計算言語学な
どの学際的分野や音楽、映画、医療、金融工学などの応用分野との
連携が深まる中、先述した説明能力に加え、幅広いテーマへの興味
や知識がある人材がますます求められるでしょう。


◆注目される研究分野
 情報科学技術がいかに目覚ましく発展したかを示す例として、コ
ンピューターの価格性能比が35年間で3,600万倍以上向上したこと
が挙げられます。

1965年当時のIBM System 360は、1大きな会社しか購入できなか
ったような高級マシンで、記憶装置も含めると設置するだけで一部
屋必要だったようです。36年後の2001年には、このIBM System 360
の約2万5千倍もの計算速度を持つデスクトップパソコンが、一般
家庭に普及していました。

また最近の携帯電話も広い意味でのコンピューターですが、初期
の巨大なスーパーコンピューターの約1千倍もの計算能力がありま
す。

 IBM System 360が出た1965年ころに「コンピューターの計算速度
は18カ月~24カ月ごとに2倍になっていく」と予言した人物がいま
した。コンピューターの頭脳部分CPUを作っているIntel社の創始者
の一人、Moore(4)です。

 その予言はMooreの法則として知られており、しっかりした根拠
のない大胆な予想であるにもかかわらず、何十年もの間、見事にこ
の法則が当てはまってきており、コンピューターメーカーの成長予
測によく使われます。

 このように目覚しい成長を遂げてきた情報科学で、これから先話
題になりそうなトピックを2点、Human Computer Interaction(HC
I)と、情報検索についてご紹介します。


◆Human Computer Interaction
 あなたの身の回りのあらゆる世代の人、例えばお祖母さんや幼稚
園ぐらいの子供たちは、パソコンを使えますか。

 コンピューターのすさまじい進化に比べて、マウスやキーボード
などを使った操作方法は誕生当時からほとんど変わりません。

 銀行のATMでさえ使うのが難しい人がいるというのに、今のコン
ピューターの操作方法は複雑すぎるのです。HCIという分野では、
いかに直感的に人間がコンピューターを操作できるか、というよう
なテーマを研究しています。

 例えば、以前のコンピューターはキーボードの「Ctrl」「ALT」
「DEL」の3つのキーを同時に押してからパスワードを入れて認証
するという非直感的な操作方法を伴っていましたが、最近では指を
スライドさせるだけでいい「指紋認証(Fingerprint 
Authentication)」が徐々に普及しつつあり、起動方法が根本的に
変わりつつあります。

 また、Apple社のiPhoneやMagic Mouse、Microsoft社の
Surfaceなどの、画面を直接触って操作できるような直感的かつ画期
的な操作方法も市場に出てきています。


・触角を対象とした研究
 HCIの研究では、コンピューターの操作に、視覚と聴覚のみなら
ず、触覚も対象にしています。

 つるつるした画面上のボタンを押したときに、凹んで見えたりカ
チッと音がしたりするだけではなく、実際に指に凹凸の感触と押し
たときの手ごたえがあったほうが、利便性が高いという仮定です。

 最近の研究成果として、Carnegie Mellon University(CMU)の
Hudson教授ら(5)は、物理的に触れるボタンをディスプレイ上に
自在に出現させる研究を行っています。

 また、MITの石井教授ら(6)は、タンジブル(触ることのでき
る)インターフェイス(Tangible Interface)という研究を行って
おり、人間とコンピューターの距離を縮めるような次世代の操作方
法として期待を集めています。

 HCIの研究はインパクトが目に見えてわかりやすいので、専門外
の人からも反響が得られやすいという利点があります。

 その一方で、採算が取れなかったり、大量生産が難しくて日の目
を見ずに埋もれていたりする研究も多々あります。iPhoneなどのマ
ルチタッチディスプレイ(Multi-touch Display)も古くから研究
されていましたが、実装上の課題が多く、なかなか実現されずにい
ました。

 しかし、応用物理学や電気工学の進化も手伝って、こうして私た
ちの手元に届くようになりました。


・低予算の評価方法の確立
 研究の有用性を社会的に認めてもらうために、研究内容について
の正確な評価を行わなければいけません。

 しかし、このHCIの研究は、精度や速度などを指標に客観的に評
価できる研究分野と違い、人間の満足度など指標化しにくい要素を
対象とするため評価を行うのが難しいとされています。

 簡単なアンケートを採るにしても、倫理委員会に実験内容の事前
審査を数週間かけてしてもらい、また許可が下りたら被験者を集め
る必要があり、謝礼コストもばかになりません。

 そこで、低予算で数千人からアンケートを一瞬で集められる画期
的方法として期待されているのが、インターネットの集合知を使っ
た方法です。

 例えば、Amazon Mechanical Turk(9)というサイトでは、一人
あたり数セントの報酬で簡単な作業をしてもらったりアンケートを
集めたりすることができます。

 こうしてHCIで大規模実験ができるようになれば、研究者の自己
満足のための研究は淘汰され、利用者本位の研究が際立ち、将来的
により使いやすいコンピューターが出現することでしょう。


◆情報検索
 Yahoo、Googleなどでよく知られる情報検索の分野は、競争が激
しく、日々進化しています。新たに研究する余地がないのでは、と
思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

 「ビル・クリントンの奥さんはどこで生まれましたか」というよ
うな質問に対して答えを自動的に見つけて返してくる「質問応答
(Question Answering)」、さらに外国語で書かれた文書も対象と
する「言語間横断質問応答(Cross-lingual Question 
Answering)」、インターネットに公開できない社内文書などから
企業内の情報や特定の専門家を探したりする「エンタープライズ検
索(Enterprise Search)」など、研究課題はまだたくさん残って
います。

・情報検索と自然言語処理(Natural Language Processing)
 応用ばかりでなく基礎研究もあります。例えば文書をデータとし
て表すときに、ただの単語の字面の集まりとして扱う単純なモデル
から、いかに「意味」を考慮したモデルを作れるか、という研究課
題があります。「国連」と「国際連合」が同じ団体を意味している
との認識、「彼」という代名詞が具体的に誰を指しているかの理解、
同姓同名の人物の区別などは人間にとっては簡単かもしれませんが、
機械には非常に難しいのです。

 このような自然言語処理という基礎研究がうまくいくと、質問応
答や評判分析などいろいろな検索の応用分野が研究しやすくなりま
す。

 IBMのTJ Watson研究所では、1997年にチェスで人間のチャンピオ
ンと対決して勝利し、話題になったDeep Blueというコンピュー
ターを開発していました。そして次なる挑戦として、現在進行中の
プロジェクトに、Ferrucci博士(10)らによるDeep QA(11)とい
うものがあります。

 このプロジェクトで開発されている質問応答コンピューター
「Watson」は、アメリカの人気クイズ番組「Jeopardy!」で人間の
チャンピオンと対決が予定されています(12)。


研究者情報
1:Bill Gates, Microsoft
2:Larry Page & Sergey Brin, Google
3:Mark Zuckerberg & Dustin Moskovitz, Facebook
4:Gordon Moore, Intel
5:Scott Hudon, Carnegie Mellon Univ., Human Computer 
Interaction Institute
6:Hiroshi Ishii, MIT, Media Laboratory
7:Carnegie Mellon Univ., Speech group, 
http://www.speech.cs.cmu.edu/
8:BrainGate, http://www.braingate.com/
9:Amazon Mechanical Turk, https://www.mturk.com/
10:David Ferrucci, IBM, T.J. Watson Research Center
11:IBM, DeepQA Project, http://www.research.ibm.com/deepqa/
12:http://www.jeopardy.com/news/ibm.php

◆栄養学・疫学世界の情報科学?

 果たして情報科学と分類されるかわかりませんが、事例を紹介し
たいと思います。

とある、CMで、
「タウリン1,000ミリグラム配合!」
という文句をご存知でしょうか。1,000ミリグラムというのは、1グラムのことです。
科学的には、
「タウリン1,000ミリグラム配合!」
と言うのと、
「タウリン1グラム配合!」
と言うのは、同じことですが、なぜCMではミリグラムの単位が用い
られているのでしょうか。それは、1,000という数字の方が1という
数字よりも多い印象を与えるからでしょう。

 疫学でも、こうした情報に関する問題があります。
たとえば、ある環境の因子が、ある病気を患う率を2倍にする恐れ
があるとし、一般の人々に、重要な問題として啓発したとします。
しかし、その病気を患う率が、100万人に1人の割合で起こるほど
のレアなものだったら、一般の人が恐れるほどのものでもありませ
ん。むしろ、偶然、得られた結果かもしれないと疑うべきです。
しかし、何倍になるかどうかのみを強く伝えると、印象強いものと
なります。
 某健康番組で、病気の恐怖をあおるのによく使われる情報操作です。
情報自体に誤りはありませんが、与える印象が操作されます。

 栄養学の情報を含め、メディアの情報というのは、科学的な価値
よりも、印象が強く与えることが重要だということはよく言わてい
ます。こうした科学も情報科学と思います。
 印象に関する心理学的な用語をHeuristicsといい、1970年代に科
学の世界に紹介されました(13)。この科学は、人の情報の処理に関
する科学であり、人の経済活動に影響を及ぼすものです。そういった情
報科学に通ずる心理学の貢献が、2002年のノーベル経済学賞へとつ
ながりました(14)。

 情報科学というと、ハードサイエンスの印象がありますが、人の
心理とも関係する温かみのある科学と思います。
 そう考えると、これからの発展の可能性というのも膨大ですね。

参考情報
13:Tversky, A., Kahneman, D. (1974), Science, 
1974;185(4157):1124-1131
14:http://nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/2002/index.html


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自己紹介
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今村 文昭

上智大学理工学部化学科
コロンビア大学医学部栄養学科
タフツ大学Friedman School of 
Nutrition Science and Policy 栄養疫学
ハーバード大学公衆衛生大学院疫学リサーチフェロー


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編集後記
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 情報科学というと、専門外ではありますが、最後のHeuristicsの
内容が思い出してからは、あながち専門外ではないなと思いました。
もちろん、私が情報科学の世界に参入できるとは思いませんが・・。

 研究の領域が異なると、その最先端に触れる機会も限られますが、
信頼のおける、そして読みやすい文章に触れるのは良いですね。次回、6月は、Maryland Univの小葦さんにお任せします。お楽しみに・・。
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