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【海外サイエンス・実況中継】注目される研究分野・研究者と求められる人材 ~環境科学、工学~

posted Jan 30, 2012, 12:11 PM by Yunke Song   [ updated Jan 31, 2013, 5:26 PM by Yuji Takeda ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ August 2010, Vol. 53, No. 19
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
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8月二回目を担当させていただく中山です。

今回は、環境科学・工学の領域の
「注目される研究分野・研究者と求められる人材」
の一部について紹介したいと思います。この内容は、Harvard University、
Organismic and Evolutionary BiologyにてPh.D. 課程を修了され、現在は
兵庫県立大学大学院准教授の伊勢武史さん、
MIT, Program in Atmospheres, Oceans, and ClimateにてPh.D. 課程を修了
され、現在は電力中央研究所所属の杉山昌広さん、University of Michigan
Environmental & Water Resources EngineeringにてPh.D. 課程を修了され、
現在は東京農工大学所属の斎藤広隆さん、そして編集でも登場されている、
Tufts University, Nutritional EpidemiologyにてPh.D. 課程を修了され、
現在はHarvard School of Public Health, Dept. of Epidemiology所属の
栄養学、疫学者の今村文昭さんらが執筆してくださいました。

今回も、幾度も、紹介させていただきました「理系大学院留学-アメリカで
目指す研究者への道」からの抜粋です。
アメリカの大学院への進学を視野に入れている方にとって、始めの一歩
を踏み出すために最適な情報が満載です。もちろん日本の大学院に在籍中の方、
そのほかの方も、是非参考にしてみてください。
http://kagakusha.net/alc/

ご意見などございましたら、カガクシャ・ネットホームページ経
由、Eメールでもご連絡をお待ちしております。今後配信して欲し
い内容や、その他の要望などもお願いします。
http://kagakusha.net/


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注目される研究分野・研究者と求められる人材
~環境科学・工学(Environmental Science and Engineering ) 1/2 ~

伊勢武史, 杉山昌広, 斎藤広隆, 今村文昭
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環境科学とは
私たちが生きる環境、私たちの子孫が生きる環境。環境問題が一般に注目さ
れるようになりながらも、漠然と「環境問題を考える」と言ってしまうと、ど
うも胡散臭い印象を持ってしまう人もいるかもしれません。自然保護のために
過激な抗議行動を取る団体のニュースなどを耳にすると、環境問題を考えてい
るのは激情的な活動家だけのように思えるのも無理はないかもしれません。
しかし、大学や大学院で学ぶ最先端の専門知識は、環境を客観的・定量的に
とらえるために非常に役立ちます。環境は、個人の感情的な好みに基づいて守
るよりも、科学的な基礎に基づいて守る方が説得力を増すことでしょう。

そうしたニーズに応えるのが、環境科学・環境学(Environmental Science,
Environmental Studies)といわれる分野です。環境を正しく観測し、環境が
変化するメカニズムを解明し、環境の保全と持続可能な利用のバランスを考え、
また将来の環境を予測し対策や応用を考え実践する学問の総称です。環境科学
は非常に幅の広い学問で、環境を観測し、環境の変化のメカニズムを解明し将
来の予測に役立てるには自然科学の専門知識が中心になります。
また、従来の土木工学のように社会構造の構築を担ってきた分野も、環境工
学として近年の科学と技術を応用することで、より持続可能性の高い社会環境
をデザインするための役割を担うようになってきています。さらにそうした科
学の発展の一方で、対策や適応の費用対効果を考え政策を提言するための社会
科学の専門知識が重要視されています。

求められる人材

環境問題は、科学界や一般社会、世界中から過去に類をみないほどの注目を
浴びているトピックです。幅広い分野が環境問題の科学に貢献するため、多く
の人が科学者として大成できる分野と考えられます。例えば、エネルギーの科
学といっても、膨大な気象データを扱うことのできる物理統計学に通じる物理
学者から、バイオマスエネルギーの開発生産を手がける農学者までさまざまな
貢献の可能性をあげることができます。そして、環境工学や社会科学のような
「実学」が必要とされます。学際的あるいは領域横断的な学問といえるでしょう。

従ってこの分野で活躍するには、基礎科学が必要となる以上に、いろいろな
領域の科学や社会学に興味をもち、それを自分の知識や研究の糧にできること
がとても大切になります。

また、コンピューターサイエンスや応用物理学などが、環境科学にさらなる
貢献をみせることでしょう。基礎物理への理解、数理統計やプログラミング技
術などが、研究の本筋とならなくとも、研究するための武器として強みになる
ことは間違いなく、そうした領域に通じている人材が今後も必要とされると考
えられます。

次に紹介する「今後注目される分野」の内容から明らかなように、将来は、
環境科学を社会に展開するための環境工学や社会科学が重要性を増していくこ
とでしょう。その研究対象は社会であり自然環境であるため、何かひとつのこ
とに特化するというよりは、「全体を見渡す力」が必須となります。これから
の研究者は、一つの研究トピックの大成を目指すだけでなく、環境科学や社会
科学などの応用分野とそれに関係する実社会を視野に入れることが大切です。
そして、「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on
Climate Change、IPCC)に参加する科学者のように、専門領域で活躍しつつ
他の分野の研究者と多面的に議論できる人材が、科学と社会、政治、メディア
との交錯の中で活躍することが求められています。それは深い知識や経験だけ
でなく、広い知識と、柔軟性のあるコミュニケーション能力が必要とされてい
ることにほかならず、教育現場や学術交流の機会においてそうした能力が養わ
れるべきであることを示しています。

今後注目される研究分野

いま人類が直面している最大の環境問題のひとつ、地球温暖化(global
warming)をはじめとする気候変動(climate change)の研究を例に、いま注
目されている分野と、これからの展開についてまとめていきます。さらに、こ
れまでも実社会に貢献してきた環境工学や社会科学について紹介します。

1.地球温暖化と環境科学
アメリカは、ダントツで世界最大の温室効果ガス排出国であるとともに、地
球温暖化についての研究をリードしている国です。この逆説的な事態は、世界
でいちばん経済規模が大きく豊かで余裕がある国だからと考えることもできま
す。そして2009年のオバマ大統領就任とともに、温暖化の現状認識・将来予測・
対策と適応などの推進が国策となり、今後さらなる発展が期待される分野です。

気候変動に関する政府間パネル

IPCCとは、地球温暖化に関する知識を集大成し政策決定に活かすための国
際連合の機関です。IPCCは3つの作業部会を設けており、第一作業部会は気
候システム及び気候変化の自然科学的根拠についての評価、第二作業部会は気
候変化に対する社会経済及び自然システムの脆弱性、気候変化がもたらす好影
響・悪影響、並びに気候変化への適応のオプションについての評価、第三作業
部会は温室効果ガスの排出削減など気候変化の緩和のオプションについての評
価を行っています。非常に難しく感じられてしまうかもしれませんが、気候変
動に関する研究者は、端的に言えば、研究成果がIPCCに取り上げられ世界各
国の政策に反映されることで、社会に貢献することができます。

地球温暖化の研究で核となるのは、地球の気候をシミュレーションするコン
ピュータモデルです。私たちが中学・高校・大学で段階的に学んできた、質量
保存の法則やエネルギー保存の法則などに始まる物理の法則に基づき、地球の
大気の流れや温度のバランスを再現するモデルは、大気大循環モデル(General
Circulation Model)といわれています。

地球システムモデル(Earth System Model)

しかし、大気に関する物理学だけでは、地球の気候を正確に再現したり予測
したりすることはできません。地球の気候は、大気圏・水圏・岩石圏・生物圏
が相互に影響を与え合って変化するものだからです。例えば、温暖化の主因で
ある二酸化炭素は、海洋に溶け込んだり、生物の光合成や呼吸でガス交換され
ます。これら、大気・海洋・陸面で発生するプロセスを総合的に取り扱うモデ
ルは地球システムモデル(Earth System Model)と呼ばれ、最新の科学的予
測の中心的な存在になっています。日本では、海洋研究開発機構・国立環境研
究所・気象庁・東京大学が中心となって地球システムモデルを構築し、過去や
現在の気候の再現と、将来の予測に取り組んでいます。

地球システムモデルの構築と運用では、アメリカが世界をリードしています。
IPCC の第四次レポート(2007) では、National Aeronautics and Space
Administration (NASA)、Global Fluid Dynamics Laboratory(GFDL)、
National Center for Astronomic Research (NCAR)というアメリカの公共
研究機関が気候の将来予測に参加しました。気候のシミュレーションに関わる
研究者の多くはこのような研究機関に所属しているため、彼らが指導教官とし
て学生を持つことは現実的に難しいと考えられます。(*)

*(2013年追記):より正確に言えば、
NASA GISSならばColumbia University、GFDLならPrinceton University、
NCARならUniversity of Colorado, Boulderと関係がありますので、
指導教官が無理な場合でもthesis committeeに加わっていただくのは
可能だと思われます。

ここでは、将来このような研究機関で働き温暖化の研究に参加できる科学者になることを考えてみまし
ょう。まずは大学や大学院で、バックグラウンドとなる知識を十分身につけ、
教官の指導の下に研究の経験を積むことが重要になります。大学では、温暖化
に関連する分野を幅広く学んでみましょう。そして、いろいろなテーマのなか
から自分のトピックを見つけ、大学院で専門的な勉強をすることになります。

大気・海洋・陸面の3つの科学

自然科学で温暖化に関連する研究には、上に述べたように大気・海洋・陸面
の3つの分野があります。大気や海洋のダイナミクスを学ぶには、流体力学を
基礎として学ぶ必要があります。MITのMarshall教授*1は、数学やコンピュ
ータシミュレーションを用いて大気や海洋の循環を研究しています。また、大
気中のさまざまな汚染物質や温室効果ガスが生成されたり変化したりするプロ
セスを研究する、大気化学という分野もあります。ハーバード大学のJacob教
授*2は、大気中に浮遊するチリや有機物について、実際に観測されたデータを
用いた研究やシミュレーションなどを用いて幅広く研究しています。

温暖化に関する陸面の科学では、降水と蒸発などの水の収支を研究したり、
冬に地表を覆った雪が春になって溶けたりするプロセスなどを扱います。雪や
氷は太陽からの熱を多く反射しますが、これが溶けて地面や水面がむき出しに
なると、太陽の熱は多く吸収されます。温暖化が進めば雪や氷が減るので、そ
れがさらなる温暖化を生むという正のフィードバックが懸念されています。コ
ロラド大学のPielke教授*3は、このような地表面のプロセスをシミュレーシ
ョンするモデルを構築・運用しています。

生物学の知見

また生物学の知見も地球温暖化の研究に大きく貢献します。例えば生物は、
光合成することで大気中の二酸化炭素を吸って有機物を作り出しています。有
機物は呼吸によって酸化され、二酸化炭素として大気に帰り、いわゆる炭素循
環を織り成します。すなわち環境では、気候と生物がお互いに大きな影響を与
えているのです。世界には熱帯雨林・砂漠・ツンドラなどのさまざまな気候帯
がありますが、それぞれの炭素循環を研究し、植物や土壌が蓄える炭素の量の
変化を推定することが求められています。ハーバード大学のMoorcroft教授*4
は、植物の光合成・呼吸といった生理的プロセスから、森林の遷移・土壌炭素
の変化といった長期にわたる変化までを含めたシミュレーションに取り組んで
います。カリフォルニア大学バークレー校のBaldocchi教授*5は、人工衛星デ
ータを用いる生態系の炭素循環研究のスペシャリストです。海洋生物学の分野
では、オレゴン州立大学のBehrenfeld教授*6が植物プランクトンの気候変動
への影響を研究し注目を集めました。

以上のように地球温暖化の研究は、実験室あるいはフィールドでの実験、理
論構築、データ解析、モデリングと多種多様です。そして、現状の把握と今後
の予想、そして政策の実施がどれほど現状を改善するか正確に予想し、最善の
政策を提言することが求められています。そうした政策に、これまで社会を環
境に適合させてきた環境工学の貢献は欠かせません。次節では、その環境工学
について従来の科学から紹介します。

研究者情報
1.地球温暖化と環境科学
*1:John Marshall, MIT, Dept. of Earth, Atmospheric and Planetary Sciences
*2:Daniel J. Jacob, Harvard Univ., School of Engineering and Applied Sciences
*3: Roger Pielke, Univ. of Colorado at Boulder, Center for Science and Technology
Policy Research
*4:Paul R. Moorcroft, Harvard Univ., Dept. of Organismic and Evolutionary Biology
*5: Dennis D. Baldocchi, Univ. of California at Berkeley, Dept. of Environmental
Science, Policy & Management
*6:Michael Behrenfeld, Oregon State Univ., Dept. of Botany and Plant Pathology

次節、2.土木・環境工学(Civil and Environmental Engineering)と
3.環境科学と社会科学は9月の配信予定です。お楽しみに!

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自己紹介
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中山由実
東京大学農学部獣医学課程卒(2003年)。
University of Wisconsin-Madisonにて免疫学博士課程修了(2008年8月)。
現在はMount Sinai School of MedicineにてPostdoctoral Fellowとして働い
ています。移植免疫について研究しています。
ラボの引越しに伴い、10月からはUniversity of Maryland-Baltimore
に移る予定です。

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編集後記
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今年の夏はいつまでも暑いと思っていましたが、NYCでは急に秋の気配です。
私は地球環境の変化に非常に興味があったので、今回の内容は自分自身、
大変面白く思いました。まさに地球規模の研究ですね。いつまでも、四季の
変化が感じられる地球であってほしいです。

され、私事ですが、ラボが引っ越します。ラボの引越しは初体験で自身の
引越しとラボの引越しのタイミング、いつどこに誰が、、など緻密が計画が
必要なことを実感しています。。。
日本はまだ残暑が厳しいようですが、皆さん夏ばて熱中症に気をつけてください。

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