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【海外サイエンス・実況中継】注目される研究分野・研究者と求められる人材 ~材料科学・工学~

posted Jan 30, 2012, 12:10 PM by Yunke Song   [ updated Jan 30, 2012, 12:10 PM ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ August 2010, Vol. 53, No. 18
_/ カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/
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八月第一回の編集を担当させていただいている布施紳一郎です。

今週は先週に続き、材料科学・工学の領域の
「注目される研究分野・研究者と求められる人材」
の一部について紹介したいと思います。この内容は、Arizona State
UniversityにてPh.D.を取得され、現在JEOL USAにてご活躍の
青木敏洋さんが執筆してくださいました。引き続き、カガクシャ
・ネット著書、「理系大学院留学-アメリカで目指す研究者への道」
からの抜粋です。

ご意見などございましたら、カガクシャ・ネットホームページ経
由、Eメールでもご連絡をお待ちしております。今後配信して欲し
い内容や、その他の要望など大歓迎です。
http://kagakusha.net/


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注目される研究分野・研究者と求められる人材
~材料科学・工学(Materials Science and Engineering)2 of 2 ~

青木敏洋
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3.光エレクトロニクス材料(Opto-Electronic Materials)

 電子工学と光学の融合学問である光エレクトロニクスは、現在のIT社会を
支える重要な研究分野です。光通信や光記録、情報表示などのシステムを支え
る光デバイス(LED、レーザー、光ファイバー、光センサーなど)は、さま
ざまな材料で作られており、材料技術の発展はこの分野においても重要となっ
てきます。

III族窒化物半導体(Group III Nitrides)

 シリコンやガリウム砒素(以下GaAs)などの半導体は、これまで多くの研
究が行われ、技術がかなり確立されています。1990年代に、中村修二教授(元
日亜化学、現在University of California at Santa Barbara)*13が、窒化ガリ
ウム(GaN)系のIII族窒化物半導体を用いて、20世紀中には不可能といわれ
た青色の発光ダイオード(LED)、レーザーダイオード(LD)を世界で初め
て開発しました。それ以来、III族窒化物半導体と呼ばれるGaN、窒化インジ
ウム(InN)、窒化アルミニウム(AlN)などの材料も、多くの研究者の関心
を集めています。

 III族窒化物半導体は、どれも発光に非常に適した直接遷移型です。3つの
材料を混ぜ合わせて、窒化アルミニウム・ガリウム合金(AlxGa1-xN)を作
ると、遠紫外線~紫外線のLED、LDを生み出すことができ、窒化インジウム・
ガリウム合金(InyGa1-yN)を用いると青色~緑色のLED、LDをつくること
ができます。III族窒化物は、他のシリコンやガリウム砒素(GaAs)などの確
立された半導体に比べて欠陥密度が非常に高いこと、大きな結晶を作ることが
困難なこと、また結晶を従来の方向に成長させた場合、材料内部で分極が起き
てしまう(Polarization)ことなどを解決すべく、今でもかなり活発な研究が
行われています。この分野での日本人の活躍は著しいですが、アメリカで活発
な研究が行われている研究機関はUniversity of California at Santa Barbara
などが挙げられます。

酸化亜鉛(ZnO)

 ZnOは古くから研究されてきた材料です。ワイドバンドギャップ(ほぼ紫
外線領域の光に対応する)に加え、発光に適した特性を持っているので、レー
ザー・LED応用への期待が高まり、注目される材料となりました。同様に、
紫外線~青色領域のGaNは、既に広く実用化が進んでいますが、材料中に欠
陥が多いことが欠点です。一方、ZnOは欠陥の少ない結晶を比較的容易に、
簡便な方法で作ることができるため、コスト、効率、信頼性の問題でも期待が
大きいといえます。また欠陥が少ないことから(欠陥が少ないことはLD材料
にとって理想的)エキシトンと呼ばれる現象を利用した室温でのレーザー発振
の報告もあり、魅力的な材料です。Virginia Commonwealth Universityの
�zg�r教授ら*14は、ZnOについてかなり包括的なレビュー論文を発表してい
ます。

 University of California at Berkeleyのグループ*15は、自己組織化により
サファイア基板上に作製したZnOのナノワイヤを用いて室温で紫外線レーザ
ー発振をすることに成功し、ZnOのナノワイヤ、ナノロッド、およびZnOに
よるレーザー研究を活性化しました。MOXtronics, Inc.のRyu博士*16は、共
同研究者らと共に多重量子井戸構造(Multi-Quantum Well: MQW)を有する
ZnO/BeZeO薄膜を用いて紫外線レーザーダイオードを作製しました。また、
遷移金属を添加することで希釈磁性半導体となるという報告もあり、スピント
ロニクスへの応用の面でも研究が進められています。

4.スピントロニクス(Spintronics)

 従来の電子デバイスでは、電子の持つ電荷のみを利用してきました。現在で
は電子の持つもう一つの特性、スピン(upとdownの2種類がある)を制御し、
それを利用するデバイスの開発が試みられています。

GMR素子、TMR(Tunneling Magnetoresistance = TMR)

 このスピントロニクスの前衛と言える巨大磁気抵抗(GMR)を用いたデバ
イスは、ハードドライブの高集積化に多大な貢献をしました。発見者のFert
博士とGr�nberg博士*17が2007年のノーベル物理学賞を受賞したことはまだ
記憶に新しいかと思います。トンネル磁気抵抗(TMR)という現象を利用し
た素子も広く用いられています。

 GMR素子、TMRなどの研究においてはIBM Almaden研究所*18が大きな貢
献をしており、Stanford Universityと共同で、2004年にスピントロニクスの
科学と応用を研究するIBM-Stanford Spintronic Science and Applications
Centerを設立しました。磁性を持つ半導体(Magnetic Semiconductor)研究
においては、東北大学の大野教授のグループが先駆的な仕事をし、大きな業績
を残しています。

 University of MarylandのAppelbaum教授*19は、磁性材料中ではなく、半
導体シリコン中でのスピン注入、輸送、コントロールについて研究を進めてき
ましたが、彼の成果はスピンを利用するシリコンの集積回路が開発可能である
ことを示唆しています。

分子スピントロニクス(Molecular Spintronics)

 Institut N�el, CNRS & Universit� Joseph Fourier のBogani 博士と
Wernsdorfer博士*20は(2近年、分子エレクトロニクスとスピントロニクス
の融合とも言える単分子磁石(磁性、スピンを持つ分子)を用いたスピントロ
ニクスデバイス、例えば、分子スピントランジスタ、分子スピンバルブ、分子
マルチドット素子などの研究のアイデアについて言及しています。この分子ス
ピンエレクトロニクスは新しい分野であり、磁性・スピンを持った単一分子を
つくり、それを室温で制御するなど難しい課題は多いでしょうが、今後の発展
が期待される分野といえます。

 スピンをベースとした量子コンピューターを開発するには、量子ドット中の
電子のスピンをコントロールすることが鍵となってきます。Delft University
of TechnologyのKoppens教授ら*21は、実験的に単一電子のスピンを量子ビッ
トとしてコントロール可能なことを示しました。

5.超伝導材料(Superconductors)

 超伝導とは、物質を冷却して行ったときにある特定の温度で電気抵抗がほぼ
ゼロになる現象です。1980年代に銅酸化物による高温超伝導材料が発見され、
大ブームが起きましたが、ここ最近は下火でした。しかし、2001年に青山学
院大学の秋光教授のグループ*22が、金属間化合物であるMgB2が39Kで超伝
導を示すことを発見しました。銅酸化物超伝導よりも低い温度ですが、金属系
の超伝導温度の記録更新であり、第2の高温超伝導材料として注目されました。
また、2008年には、銅を含まず、これまで超伝導の発現を阻害すると考えら
れていた鉄を含む新しい第3の高温超伝導材料を、東京工業大学の細野教授の
グループ*23が発見し、新たなブームを生み出しました。超伝導と相性が悪い
と思われていた鉄ですが、細野グループとその共同研究者の研究で、鉄がどの
ように超伝導に寄与するのかが明らかになりつつあります。Tc(超伝導の発
現する温度をTcと呼ぶ)は銅系のものと比べるとまだ温度は低いものの、こ
の材料系は基礎の面でも応用の面でも今後の発展が期待されます。

6.バイオマテリアル(Biomaterials)

 伝統的なバイオマテリアルとは、一般的に、病気や怪我により失われた人体
の機能を補うために体内に移植される材料のことを指します。人体中で長期に
渡り用いられるため、人体に毒性がないこと、拒絶反応がないことなどが必須
となります。これまでさまざまな材料が開発され、ステンレス鋼、チタン合金、
そしてアルミナ、ハイドロキシアパタイトなどのセラミックス、カーボン系の
コンポジットなど、多くの材料が用いられています。これまで人工関節、歯科
用インプラント、人工骨、人工心臓弁、人工血管、人工皮膚などにおいて、実
績を挙げてきました。

ドラッグ・デリバリー(Drug Delivery)

 近年ではバイオテクノロジーやナノテクノロジーとの融合が進んでおり、ド
ラッグ・デリバリーはその典型といえます。普通、薬を服用すると全身にほぼ
均一に薬が行き渡ります。こうなると薬の効果も落ちますし、有害な副作用が
生じることもあります。例えば、抗癌剤などの場合は副作用が大きな問題にな
ります。

 ドラッグ・デリバリーとは、サイズが1~100nmほどの「キャリア」と呼ば
れる媒体を用いて患部のみに薬を運び、そこで薬を放出するようなシステムを
開発しようという研究です。こうすると薬が患部のみ運ばれるため、薬の効果
が十分に発揮されるだけでなく、副作用がかなり軽減されます。このようにド
ラッグ・デリバリーの概念はしっかりしているのですが、実際にはまだ希望通
りの機能を持つキャリアの探索が続いています。

 最近、ポリマーと薬の分子を接合したキャリアの研究が活発に進められ、水
に溶けやすいナノサイズのポリマーを水に溶けにくい薬の分子と融合すること
で、ドラッグ・デリバリーの能力が大きく向上しました。

 東京大学マテリアル工学系の片岡教授グループ*24は、両親媒性のポリマー
が自己組織化により作る内殻構造を有するナノ構造を開発しました。これを
Polymeric Micellesと呼びます。この内角構造が、薬を入れるカプセルの働き
と薬の放出をコントロールする機構として使われます。また近年はWorm-like
MicellesやPolymersomesなど、新しいドラッグ・デリバリー用のナノ構造が
開発されています。

 現代のポリマー化学の発展により、ドラッグ・デリバリーに適したさまざま
なポリマーが開発されるようになりました。これらの合成ポリマーはニーズに
応じて自在に構造を変えることができるため、この分野に大きな革新を起こし
ています。まだ解決すべき点は多いものの、今後の発展が楽しみな分野です。

 このレポートでは、炭素系ナノ材料、エネルギー関連材料、光エレクトロニ
クス材料、スピントロニクス、超伝導、バイオマテリアルについて紹介しまし
た。材料科学はさまざまな分野で私たちの生活を豊かにするだけではなく、医
療、地球環境などの改善にも貢献しており、将来、これらの技術の更なる発展
と実用化・高性能化が期待されます。

研究者情報
1.炭素系ナノ材料
*1: Cees Dekker, Delft Univ. of Technology, Dept. of Applied Physics and DIMES
(Denmark).
*2: Andre Geim and Kostya Novoselov, School of Physics, Univ. of Manchester (UK).
*3:A. H. Castro Neto, Physics Dept., Boston Univ. (USA)
*4:Walter A. de Heer, Physics, Dept. Georgia Tech (USA).
*5:Fredrik Schedin, Dept. of Physics, Univ. of Manchester (UK).
*6:Ernest W. Hill, School of Computer Science, Univ. of Manchester (UK).
2.エネルギー関連材料
*7: Rajesh Bashyam and Piotr Zelenay, Materials Physics and Applications, Los
Alamos National Lab.
*8: Alan Le Goff, Commissariat � l’�nergie Atomique (CEA), Institut Rayonnement
Mati�re de Saclay, Service de Physique et Chimie des Surfaces et Interfaces
(France).
*9: Ingrid Repins, National Center for Photovoltaics, National Renewable Energy Lab
(USA).
*10:Wolfgang Guter, Fraunhofer Institute for Solar Energy Systems (Germany).
*11:Alan J. Heeger, Dept. Physics, Univ. of California at Santa Barbara (USA).
*12: Arthur Nozik, Center for Advanced Solar Photophysics, National Renewable
Energy Lab (USA).
3.光エレクトロニクス材料
*13:中村修二教授, Dept. Materials, Univ. of California at Santa Barbara (USA).
*14: �mit �zg�r, Dept. Electrical and Computer Engineering, Virginia Commonwealth
Univ. (USA).
*15:論文、Huang et al., Science 292 (2001) 1897-1899を参照ください。
*16:Yungryel Ryu, MOXtronics, Inc. (USA)
4.スピントロニクス
*17: Albert Fert, Universit� Paris-Sud (France) and Peter Gr�nberg, Forschungszentrum
(Germany).
*18:Stuart S. P. Parkin, IBM Almaden Research Center (USA).
*19:Ian Appelbaum, Dept. Physics, Univ. of Maryland (USA).
*20: Lapo Bogani & Wolfgang Wernsdorfer, Institut N�el, CNRS & Universit� Joseph
Fourier (France).
*21: Frank H. L. Koppens, Kavli Institute of NanoScience, Delft Univ. of Technology
(Denmark).
5.超伝導材料
*22:秋光純教授, 物理・数理学科, 青山学院大学
*23:細野秀雄教授, 応用セラミックス研究所, 東京工業大学
6.バイオマテリアル
*24:片岡一則教授, マテリアル工学, 東京大学

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自己紹介
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布施 紳一郎
慶応義塾大学理工学部卒(2001年)、東京大学院医科学修士(2003年)。
米国ダートマス大学院博士課程修了(2008年5月・微生物学・免疫学専攻)。
モルガン・スタンレーにてサマーインターンを経て、2008年9月より米国ボストン
にてヘルスケア専門の戦略コンサルティング・ファームに勤務。欧米大手製薬
企業、米国バイオテック企業を相手に新規医薬の開発・商業化、提携・M&A戦略
支援、新規市場開拓、営業体制改善などプロジェクトに参画。

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編集後記
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既に8月中旬に差しかかり、夏はどこへ行ってしまったのだろうと今週末は途
方に暮れています。7月、8月はプロジェクト・ワーク、出張などでバタバタした
日々が続きました。ただ様々なクライアント、米国・日本の製薬・バイオテック
業界で御活躍される方々と中身の濃いディスカッションをする機会が多々あり、
様々な経験も積むことができ、個人的にはとても実りの多い夏でした。
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