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【海外サイエンス・実況中継】小さなチップに大きな可能性(中)

posted Jan 30, 2012, 11:43 AM by Yunke Song   [ updated Jan 30, 2012, 11:43 AM ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ September 2009, Vol. 50, No. 1, Part 2
_/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/
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前号に引き続き、宋さんに「最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な
可能性など」に関連して、マイクロ流体工学のトピック「小さなチップに大き
な可能性」を紹介してもらいます。今回も、図や動画、参考文献が豊富に引用
されています。興味のある方は、ぜひアクセスして、本文と一緒にお楽しみ下
さい。

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最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など
小さなチップに大きな可能性(中)
宋 云柯
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前回のメールマガジンでは、バイオ医学分野では、迅速(ハイスループット)
で費用が安く、そしてオートメーションを可能とする技術が求められているこ
と、そしてマイクロ流体工学は、その需要を満たす技術であることを述べまし
た。今回は、マイクロ流体チップ上に作ることのできる様々なモジュールを、
簡単にご紹介したいと思います。


1.ミクサー
マイクロ流体チップの中には、マイクロ流路が敷き詰められており、その中に
流体を通すことは、前回ご紹介しました。ここで特筆すべき点は、一般に、流
体が流路前後の圧力差にしたがって流れる場合、マイクロ流路中の流れは層流
(Laminar Flow)であるということです(図1、ビデオ1、参考文献1)。

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図1:層流と乱流
http://tinyurl.com/l8nbow
乱流(上:Turbulent Flow)では流体が不規則に(=各流体要素が別個に)運
動する。一般に、管の断面積が大きく、流体の粘性が小さく、また流速が速く
なるほど、乱流になりやすい。層流(下:Laminar Flow)では、流体の各要素
が揃って一方向に運動する。乱流とは反対に、管の断面積が小さく、粘性が大
きく、流速が遅くなるほど、層流になりやすい。層流では、分子はブラウン運
動による拡散によってのみ、管の断面積方向に運動する。一般的に、水溶液が
マイクロ流路中で管前後の圧力差によって流れる場合、その流れは層流である。

ビデオ1:層流と乱流
http://www.youtube.com/watch?v=XOLl2KeDiOg
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ビデオ1では、透明な液体が左から右に流れています。管の中心では、青緑の
インクが、やはり左から右に流れています。層流とは、ビデオの最初の数秒間、
すなわちインクが一本の直線として見えるときの、管の中の流れを言います。
このとき、液体は管の壁から大きな摩擦力を与えられるため、乱れずに管の進
行方向に流れます(各流体要素が揃って運動します)。流速を徐々に上げてい
くと、層流は乱流に遷移します。乱流では、液体が不規則に運動しており、液
体中の分子の混合が速く起こります(図1、ビデオ1)。ビデオ1では、最後
の数秒間が乱流を表しており、インクが管全体に広がっていく様子がわかりま
す。

バイオの実験では、溶液を混ぜて中の分子を反応させるという行為が、非常に
重要です。ボルテックス(チューブを押し当てると振動し、チューブ内の溶液
の混合を機械)を用るのは、チューブ中に乱流を作ることで、分子の混合を助
け、反応を起こしやすくするためです。では、マイクロ流路中の層流の中で溶
液を混合するには、どうしたらよいのでしょう?

実は、図2のような簡単なモジュールを作ることで、この問題を解決すること
ができます。このモジュールは、マイクロ流路からはみ出したダイヤモンド型
の空間で、特定の流速では、液体がこの空間に入ってぐるぐる回り、分子の混
合が促進されます。これまでに、分子の混合を促進するためのモジュールが、
他にもたくさん発明されています。

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図2:ミクサー(参考文献1)
http://tinyurl.com/ktqc26
(a) ミクサーモジュールの構造。ダイアモンド型の突起がミクサー。
(b) &(c) ミクサーに蛍光ビーズを流したときの図。特定の流速で流体を流す
と、ビーズ液がミクサーモジュールに入り、ここで混合される。線状の模様は
ビーズの軌道を表している。流速を速くすると、ビーズ液はミクサーモジュー
ルに流入しなくなる(b, 右)。よって、このとき、ダイアモンド型のミクサー
の形は見えない。
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2.分子フィルター
マイクロ流路中の層流を利用した、マイクロ流体工学ならではの技術もありま
す。分子の拡散係数の違いを利用した分子フィルターがその例です。二つのマ
イクロ流路が分岐点で一つに合流すると、それぞれの流路を流れていた層流は、
すぐに混合することなく、そのまま下流に流れ続けていきます(図3)。二つ
の層流間では自由拡散によってのみ、流体中の分子を交換することができます。
そこで、層流Aには複数種類の分子の混合液を流し、層流Bには水またはバッ
ファーのみを流すと、適当な流速下では、層流Aに含まれる小さい分子のみを
層流Bに拡散させ、大きい分子は層流Aに残す、という分子フィルターを作る
ことができます(図4)。

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図3:マイクロ流路中での層流の合流(参考文献2)
http://tinyurl.com/n6kdxy
(A) 分岐点での層流の合流。マイクロ流路の分岐点で層流を合流させても、そ
れぞれの層流は早々に混ざることなく下流に流れていく。(B) Science, Vol. 
285, No. 83, 1999 の表紙。層流がそれぞれ7色の色水で可視化されている。

図4:H型分子フィルター(参考文献3)
http://tinyurl.com/q4ryo5
この分子フィルターでは、サンプルから小さい分子(拡散定数の大きい分子)
のみを抽出することができる。左の青のマイクロ流路からはサンプル溶液が、
右の赤のマイクロ流路からはバッファーが注入される。二つの層流が面すると
ころでは、サンプル中の小さい分子のみがバッファー中に拡散する。サンプル
中の大きい分子は拡散が遅いため、バッファー中に拡散する間もなく廃液に流
れる。
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3.濃度勾配作成機
バイオ実験でよく行われる面倒な段階希釈(サンプルを段々と希釈していく操
作)も、マイクロ流路技術では流体の性質を利用すると、簡単かつ華麗に行う
ことができます(図5)。図5の構造はクリスマスツリー構造と呼ばれ、濃度
勾配を作りたい場合によく利用されます。図5では上流(図の上側)から緑、
紫、赤の色水を下流(下側)に流しており、途中で分岐、混合を重ね最終的に
はきれいな色の勾配(グラデーション)が出来上がっています。もちろん、下
流に分岐点を設ければ、この勾配の一部を取り出すことができます。

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図5:クリスマスツリー型濃度勾配作成機(参考文献4)
http://tinyurl.com/lz2fbs
上流から緑、紫、赤の三色の色水を流しており、それぞれの流れが下流で合流
と分裂を繰り返すうちにきれいな色の勾配を作り出す。
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4.バルブ(栓)
日常生活の中で、私たちは蛇口というスイッチを開閉することで、水道から好
きなときに水を出しています。同様に、マイクロ流路中の液体をコントロール
するためにも開閉スイッチが必要です。発明されたいろいろな開閉スイッチの
中でも特に広く利用されているのが、前回もご紹介した、スタンフォード大の
スティーブン・クエイク教授が発明された、バルブ技術(Microfluidic Valve 
Technology)です(図6)。この技術のコンセプトは、二つのマイクロ流路を
上下に交差させ、上のマイクロ流路(コントロールチャンネル)に水を流して、
比較的大きな圧力(約10 psi 前後)をかけることで、コントロールチャンネ
ルが柔らかい PDMS の壁を押して膨らみ、下のマイクロ流路(フローチャンネ
ル)を押し潰して塞ぐ、というものです。コントロールチャンネルへの水の注
入を止めると、圧力が取り除かれ、押し潰されていた下のフローチャンネルが
開き、再度液体が通るようになります。この技術は、流体をマイクロ流路の特
定の部分に閉じ込めたり、特定のマイクロ流路中の溶液同士のみを、好きなタ
イミングで反応させたりすることを可能にするスイッチとして、マイクロ流体
工学に革命をもたらしました。

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図6:バルブ(参考文献5)
http://tinyurl.com/kl7n5j
(A) バルブの作り方。左上の流路は、サンプルを流すための流路(フローチャ
ンネル)であり、右上の流路は、フローチャンネルを開閉するために使われる
流路(コントロールチャンネル)である。この二つの流路を、薄く弾性のある
壁を隔てて交差させる(上下に重ねる)。コントロールチャンネルに水を流し
て圧力を加えると、コントロールチャンネルが膨らむ。流路の交差点では、二
つの流路を隔てている弾性のある壁(つまり、下にあるフローチャンネルの天
井)が下に押されるため、フローチャンネルがふさがる。(B) 押しつぶされた
フローチャンネルの写真。このとき、フローチャンネルは閉じた状態にあり、
中に流体を通すことができない。コントロールチャンネルへの水の注入を中断
すれば、フローチャンネルの天井を下に押していた圧力が取り除かれるため、
フローチャンネルが開き、再度液体を通すようになる。フローチャンネルは瞬
間的に開閉することができる(ミリ秒単位)。
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5.ポンプ
バルブを組み合わせると、マイクロ流路にポンプを作ることができます
(図7)。上記のバルブを数個、少しの間隔をおいて直列に並べ、一定のリズ
ムで順に開閉します。すると、フローチャンネルの上の壁が連続的に上下運動
をすることで、中の流体を少しずつ一定のリズムで、一方向に送り出すポンプ
としての役割を果たします。ポンプは、マイクロ流路中の液体の精細なコント
ロールを可能にします。

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図7:ポンプ(参考文献5)
http://tinyurl.com/lnmzkn
バルブを数個つなげて作ることで、ポンプを作ることができる。赤色のライン
がコントロールチャンネルで、水色のラインがフローチャンネル。バルブを順
に開閉して、フローチャンネルの壁を上下させることで、フローチャンネル中
の流体が壁に押されて一方向に運動する。
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以上、マイクロ流体チップで、バイオ実験を行うために必要な基本的なモジュー
ルをほんのいくつかご紹介しました。もちろんこの他にも、チップには色々な
ユニークで面白いモジュールを作ることができます。それらを組み合わせて、
有用で画期的なチップを作成したり、または新しいモジュールを自分で考え、
それを実際に作って試してみることができるのが、マイクロ流体工学の面白い
ところだと私は思います。


【参考文献】
1. Nature, Vol. 425, No. 6953, pp. 38, 2003.
doi:10.1038/425038a
2. Science, Vol. 285, No. 5424, pp. 83-85, 1999.
doi: 10.1126/science.285.5424.83
3. Nature, Vol. 442, No. 7101, pp. 412, 2006.
doi:10.1038/nature05064
4. PNAS, Vol. 99, No. 20, pp. 12542-12547, 2002.
doi:10.1073/pnas.192457199
5. Stanford Microfluidics Foundry: 
http://thebigone.stanford.edu/foundry/index.html


今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。
http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=141


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自己紹介
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宋 云柯(そう うんか)

中国北京出身、6歳のときに来日。慶應志木高校、慶應義塾大学理工学部生命
情報学科卒業。現在は Johns Hopkins School of Medicine, Department of 
Biomedical Engienering 博士課程2年目。主に Microfluidics, BioMEMS, 
Single Molecule Detection に関する研究をしています。


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編集後記
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今年の夏は日本や中国に帰るでもなく、アメリカ国内を旅行するでもなく、ボ
ルチモアで全ての夏休みを過ごしました。夏休みといっても毎日ラボにはいく
のですが、週末に友人を呼んで家でパーティーをしたり、ジムでバトミントン
をしたりと、楽しいこともいっぱいあった夏だったと思います。九月から始ま
る Ph.D. program 二年目も「留学してよかった」と思える年でありますよう
に・・・。(宋)


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