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【海外サイエンス・実況中継】小さなチップに大きな可能性(後)

posted Jan 30, 2012, 11:44 AM by Yunke Song   [ updated Jan 30, 2012, 11:44 AM ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』
_/ September 2009, Vol. 50, No. 1, Part 3
_/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/
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今回は、宋さんに紹介してもらっている、マイクロ流体工学のトピック「小さ
なチップに大きな可能性」の最終回です。簡単に前々回、前回の内容を振り返っ
ていますが、見逃している方、下記から過去ログへアクセス可能です(無料の
ユーザー登録が必要です)。
● 小さなチップに大きな可能性(前)
http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=140
● 小さなチップに大きな可能性(中)
http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=141


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最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など
小さなチップに大きな可能性(後)
宋 云柯
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まず簡単に、前々回・前回の内容を振り返ってみましょう。前々回は、バイオ
医学分野では、迅速(ハイスループット)で費用が安く、そしてオートメーショ
ンを可能とする技術が求められていること、そしてマイクロ流体工学は、その
需要を満たす技術であることを述べました。また、前回のメールマガジンでは、
マイクロ流体チップ上に作ることのできる様々なモジュールの例として、ミク
サー、分子フィルター、濃度勾配作成機、バルブ、ポンプなどを、図や動画を
交えてご紹介しました。

今週のマイクロ流体工学最終回のメルマガでは、この分野の最新の研究成果の
中で、面白いと思ったものを1つご紹介いたします。

S. M. Langelier, D. S. Chang, R. I. Zeitoun, and M. A. Burns., Acousti
cally driven programmable liquid motion using resonance cavities.
(参考文献1)

マイクロ流体工学は、小さなチップ一つで全ての実験をする、というキャッチ
フレーズを売りにしていますが、実際にはチップ上のモジュール(たとえば前
回のバルブやポンプ)をコントロールするために、大きなガスタンクやシリン
ジポンプを必要とします。それでは、実験スペースを小さくしているとは言い
がたいことがあります。この問題点を解決するための方法として、参考文献1
では、音響流という現象を用いて、コンパクトな実験系でマイクロ流路中の流
体をコントロールする技術を紹介しています。

音響流は、音を用いて流体を操るという点で、非常に面白い技術です。進行す
る音は波エネルギーの流れであるので、この流れが物体によって妨げられたと
き、音はその物体に力を及ぼします(参考文献2)。この力は音響放射圧と呼
ばれる、作用方向が音の進行方向に平行な力です。ここでの物体とは広義で、
流体の境界や、音を伝える媒体としての流体それ自体を含みます。つまり言い
換えると、音を流体にぶつけることで、流体に力を及ぼす(押す)ことができ
る、ということです。

論文では、1つの小さな音源でメロディーを発して、これを4つの波長の成分
に分離し、それぞれの波長の音で4つのマイクロ流路中の流体をコントロール
する(動かす)方法を紹介しています(図1、ビデオ1~3)。この技術を駆
使すれば、マイクロ流路の分岐点で流体を合流させたり、好きな割合で分裂さ
せたりすることもできます(ビデオ1~3)。

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図1:音響流による流体のコントロール(参考文献1)
http://tinyurl.com/ycofm33
(A)音響流による流体のコントロール方法。音源からの音を振動数の違いに
よって4つに分離し、マイクロ流路中の流体に伝える。音が流体にぶつかると、
音のエネルギーが流体に伝えられ、音の進行方向(図では右)に押される。
(B)実際の実験結果。上段はそれぞれの振動数を持つ音がマイクロ流路に伝
えられたタイミングを、下段はそれぞれのマイクロ流路中の流体が移動したタ
イミングを表している。青、ピンク、緑、黄色のラインはそれぞれ、404, 484, 
532, 654 kHz の振動数を持つ音(上段)とその流路の流体の移動速度(下段)
をあらわす。それぞれの振動数の音の発生と、流体の移動のタイミングが一致
していることがわかる。

ビデオ1:音響流による流体のコントロール(参考文献1)
http://tinyurl.com/ydxu3na
時々出現するマイクロ流路の図で、黒で表された流路は、その流路に音が伝え
ていることを表す。白の流路には音が伝えられていない。
ビデオ2:音響流コントロールによる流体の融合と分離(参考文献1)
http://tinyurl.com/ybh9g2o
ビデオ3:音響流による層流のコントロール(参考文献1)
http://tinyurl.com/yeafa9l
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マイクロ流路中の流体を、この論文で紹介されたような小さなデバイスで、精
度良くコントロールすることができるようになれば、マイクロ流体工学はさら
に便利で成熟した技術となるでしょう。さらに音楽メロディーを用いて流体を
コントロールするという点でも、とても面白い論文だと思います。ただ、問題
点を挙げるとすれば、以下の点が挙げられます。

(1) ビデオ3で見られるように、マイクロ流路の分岐点で流体の逆流が起こり
やすいこと。4つの流路の中の1つに音を伝えるのを止めてしまうと、ほかの
流路からその流路への逆流が起こってしまうことが、ビデオからわかります。
他の流路への逆流は、バイオ実験の大敵であるコンタミネーション(本来混入
するべきではない物質の混入、不純物の混合)の原因になります。
(2) ビデオ3では4つのマイクロ流路の分岐点で、流体の境界線が頻繁にぶれ
ていますが、これは流路中の流れの安定性の欠如を表します。流体の流れが安
定しないと、流路中を流れる流体の速度や量を予期できなくなるだけではなく、
逆流やチップ外への流体の漏れが起こることもあります。

よって、この技術がより有用なものになるためには、上記の2つの問題点を解
決する必要があると思われます。

参考文献:
1. PNAS, August 4, 2009. Vol. 106, No. 31, pp.12617-12622
2. Electronics and Communications in Japan,
Part 3, Vol. 81, No. 10, pp. 1-8, 1998.


今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。
http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=142


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自己紹介
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宋 云柯(そう うんか)

中国北京出身、6歳のときに来日。慶應志木高校、慶應義塾大学理工学部生命
情報学科卒業。現在は Johns Hopkins School of Medicine, Department of 
Biomedical Engienering 博士課程2年目。主に Microfluidics, BioMEMS, 
Single Molecule Detection に関する研究をしています。


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編集後記
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宋さんによる、マイクロ流体工学の最先端研究、いかがでしたか?宋さんと私
は同じ大学院に通っており、それぞれの研究室は、芝生の広場を挟んで向かい
側の建物にあります。宋さんの聡明さと将来性に惹かれ、昨年秋にメルマガ執
筆陣にスカウトしたのですが、早速その大器の片鱗をうかがわせるエッセイを
執筆しれくれました。中日米と、それぞれの異なる文化を理解し、流暢に3カ
国語を話す宋さん、今後の活躍が非常に楽しみです。(山本)


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