posted Jan 30, 2012, 11:44 AM by Yunke Song
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updated Jan 31, 2013, 12:45 PM
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_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/ _/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』 _/ October 2009, Vol. 51, No. 1, Part 1 _/ カガクシャ・ネット→ http://kagakusha.net/ _/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
今回は、ダートマス大で博士号を取得し、現在はボストンにあるヘルスケア専 門のコンサルティング会社で活躍している布施さんに、分子標的療法によるが ん治療について、執筆してもらいました。なお、これまでに布施さんが執筆さ れたエッセイは、下記リンクより読むことができます(無料のユーザー登録が 必要です)。
■「記憶」することができるのは「脳」だけではない ~ 免疫学 http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=34 ■学生自らが大学院プログラムの運営に関わる http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=35
●アメリカで「成功」する学生たちに共通するもの(前) http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=97 ●アメリカで「成功」する学生たちに共通するもの(後) http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=98
▲アメリカにおける博士号取得後のキャリア・オプション(前) http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=99 ▲アメリカにおける博士号取得後のキャリア・オプション(後) http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=100
さて、今号のエッセイでは、分子標的療法に辿り着くまでの背景、そして、そ の治療に使われる、標的抗がん薬について解説してもらいます。次号では肺が んを例にとって、より専門的な話題が出てきますので、今回のエッセイで背景 の知識をよく理解しておきたいところです。それでは、どうぞお楽しみ下さい!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 最近発表された論文の簡単な紹介とその将来的な可能性など 「がんの分子標的療法」の時代到来 ~肺がんを例に~(前) 布施 紳一郎 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●「がんとの戦争」は「分子標的療法」の時代へ ニクソン大統領が1971年に「がんとの戦争」を宣言して38年。以来、米国立癌 研究所(NCI: National Cancer Institute)は約10兆円($100B)の資金をつ ぎ込み、がん研究は飛躍的な進歩を遂げてきました[1]。逆に、死亡率や生存 率などの改善は、劇的と呼ぶには程遠く、「治療」という観点からは、投資に 見合った結果を出せているとは、現時点では言い難いのが現実です。
とはいえ、前立腺がんの5年生存率は、1975年の69%から現在は99%へと改善し、 末期(ステージIV)結腸直腸がんの生存率は、2001年の12ヶ月から21ヶ月以上 へ延びるなど、一部進歩も見られるのは事実です[2,3]。その背景には、主に 癌の早期発見技術の進展が挙げられますが、末期がん患者の生存率の改善とい う点においては、主に標的抗がん薬の導入が大きな役割を担っています。
がん研究の進展により、発がん及び進行の機構が明らかになりつつあり、がん 治療は従来の化学療法に代わり、「分子標的療法」の時代に入り始めました。 慢性骨髄性白血病におけるグリベック、B細胞慢性リンパ性白血病におけるリ ツキサンなどの標的薬の成功を受けて、近年では腎臓癌に使用されるスーテン ト、トリセル、アフィニトル、大腸がんなど多種の腫瘍に使われるアバスチン、 アービタクスなど、特定の分子を標的とする抗がん薬が、米国の FDA[4]によ り多数承認されています。
●標的抗がん薬とは 標的抗がん薬と、従来の化学療法に用いられる抗がん剤とでは、何が違うので しょうか?従来の抗がん剤は、主に細胞の増殖を抑制するものが主で、微小管 重合を阻害するタキサン系抗がん剤や、DNA の複製を阻害するプラチナ製剤な どがその例です。増殖している細胞は非特異的に阻害されるため、がん細胞だ けでなく、白血球なども影響を受け、副作用を引き起こします。それに対し標 的抗がん薬は、がん細胞において変異しているまたは過剰発現されていてかつ 細胞の増殖や生存に重要な分子を、特異的に抑制します。よって、理論的には、 より効果的で副作用の少ない抗がん医薬を作製することができます。
標的抗がん薬には、主に二種類の薬品があります。一つは人の免疫機能である 抗体を元とする、モノクローナル抗体技術を用いたものです。がんにおける血 管新生(angiogenesis)にとって重要である VEGF 分子を標的とするアバスチ ン、B細胞性の白血病細胞の表面に発現されている CD20 分子を標的とするリ ツキサン、乳がん細胞の表面に過剰発現されている Her2 分子を標的とするハー セプチンなどがその例です。モノクローナル抗体は、バイオテクノロジー技術 を用いて作られる薬品であり、一般ではバイオロジックス(biologics)と呼 ばれる分類に属します。
二種類目の標的抗がん薬は、小分子阻害剤(small molecule inhibitor)と呼 ばれ、化学的に合成されます。細胞内にある酵素(主にリン酸化酵素であるキ ナーゼ)を阻害するものが主であり、染色体の転座によって過剰発現される A BL キナーゼの阻害剤であるグリベック[5]、VEGF 受容体を阻害するスーテン トやネクサバール、EGF 受容体(EGFR)を阻害するタルセバ[6]などが、この 種類の薬品にあたります。モノクローナル抗体は、細胞やバクテリアを用いて 生産するタンパク質であるため、製造工程が小分子阻害剤に比べ複雑です。ま たモノクローナル抗体が主に静脈注射によって投与されるのに比べ、小分子阻 害剤は経口薬であるのが特徴です。
このように、ガンの分子レベルにおける理解が深まり、標的抗がん薬の使用が 増えることに伴い、がんの診断や分類、治療プロトコールなども変りつつあり ます。乳がんや白血病などの例は有名ですが、次回では肺がんの例を紹介しま す。
●参考文献・用語解説 [1] Kolota G, "Forty Years' War: Grant System Leads Cancer Researchers to Play It Safe," New York Times, 2009年6月27日記載 [2] 米国立癌研究所SEER9 データベース、及び米国癌協会 (ACS: American Cancer Society) レポート [3] Schrag D, "Price Tag of Progress - Chemotherapy for Colorectal Cancer," New Engl J Med. 351:317, 2004. [4] Food and Drug Administration の略称で、アメリカ食品医薬品局。日本 で言う厚生労働省に当たる省に属する一機関。 [5] 染色体の一部が入れ替わる異常。英語では、Chromosomal translocation. [6] 上皮成長因子。Epidermal Growth Factor の略。
今回のエッセイへのご意見は、こちらへどうぞ。 http://kagakusha.net/modules/weblog/details.php?blog_id=143
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 自己紹介 ─────────────────────────────────── 布施 紳一郎
布施 紳一郎 慶応義塾大学理工学部、東京大学院医科学修士、米国ダートマス大学院博士課程修了 (2008年、免疫学)。大学院修了後、ボストンに拠点を置く早期ステージベンチャーキ ャピタルであるPureTech Venturesのアソシエイトとして、Vedanta Biosciences、 Mandara Sciencesの起業に関わる。2012年よりヘルスケア戦略コンサルティングファーム であるCampbell Allianceのシニアコンサルタントとして製薬・バイオテック企業の戦略 アドバイザリーを手がける。コンサルティング業に加え、起業家、VCアソシエイトを対象 としたNPOであるStartup Leadership Programの2012年ボストンフェロー、 現ヴァイス・プレジデントとして運営を手がける。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 編集後記 ─────────────────────────────────── ちょうど本稿を書き終わった一ヵ月後に、グリベックの開発に関わった3人 (ドラッカー氏、リンデン氏、ソイヤー氏)が米国版ノーベル賞であるラスカー 賞を受賞しました。分子標的療法の導入ががん治療においていかに革命的であっ たかを象徴していると思います。
米国では、本記事で述べたトレンドは肺がんに限らず多数のがん種において顕 著に見られ、ここ数年では確実に加速していくと思われます。米国は基礎研究 が患者に届くまでの過程(Bench to Bedside)が非常にダイナミック且つスピー ディーで、今後も皆様にその様子を伝えられたらと思います。コメント、批評 などはいつでも歓迎致します。(布施)
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