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【海外サイエンス実況中継・特別号】大学院留学:アメリカで学んだ大学院制度を日本に取り入れる

posted Jan 9, 2012, 9:13 AM by Yunke Song   [ updated Jan 9, 2012, 9:13 AM ]
執筆者: sugii (3:51 am)
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』 
_/  April 2007 Vol 7 No 2 
_/  カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/ 
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今週はなぜアメリカの大学院を選んだか,の特別号です。先週,環境工学・
土壌物理学を紹介してくれた斎藤さんが,引き続き執筆してくれます。
先週おっしゃっていたように,新たに創設された東京農工大の日本型
テニュアトラック制度で,斎藤さんは独立した研究者としての道を歩み
始めました。以下がリンクです。アメリカで受けた教育を生かして,
今後の活躍がますます期待できそうです。
http://www.tuat.ac.jp/~wakate/scholar/19.html



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なぜ日本でなくアメリカの大学院を選んだのか?
                             斎藤 広隆
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私は日本で修士課程を修了し,ミシガン大学の博士課程に進学をしました。
なぜアメリカの大学院を選んだのか? 一番の大きな理由は,ほとんどの
Ph.D.を目指す留学生がそうであるように,世界中から多くの優秀な
研究者が集まるアメリカ(最近はそうでもないようですが)で,自分の力を
試したかったからです。しかしいわゆる途上国に比べれば,一般に研究
レベルも高く,人材や研究資金も豊富な日本を出て,アメリカに渡って学位
をとり,アメリカ的競争社会に身を置く動機としては,それだけでは少し
弱いかも知れません。

私の場合も他にもいくつか,アメリカの大学院でPh.D.を目指そうと
思うに至った理由があります。自分が留学に至った経緯を振り返りながら,
何が私の背中を強く押してくれたのか考えて見たいと思います。

私は,大学に入ったころからいずれはアメリカに長期留学したいと思って
いました。いくつかきっかけになった出来事はあります。まず「アメリカ」
ということに関して一番大きかったのは,小学生のころに1年だけですが親
の仕事の関係で,ペンシルベニア州のピッツバーグに住んでいたことが
挙げられます。その当時の記憶は,いまだに鮮明に覚えているほどで,
いいことも悪いことも強烈なインパクトして自分の中に残っています。
その影響か,アメリカ以前の記憶というものが,自分の中にあまり残って
いません。基本的に楽しかったことの方が,つらかったことよりも圧倒的に
多かったので,いつかはアメリカに戻りたいという気持ちを常に持って
いました。

さらに高校時代の友人の一人が,日本の大学教育はなっていないと言って,
アメリカの大学に行ってしまったこともありました(そんな彼もアメリカで
Ph.D.を取得し,某大学のテニュアトラック教員をやっています)。
このように自分の体験や周りの人の影響から,アメリカで生活するとか大学
に進学することについて特に大変なことなのだという認識がなく,それが
足かせにならなかったということはある程度影響しているのではないかと
思います。

また留学するしないという話とは別として,元々研究者になって世の中に
貢献したいと考えていましたので,どこの博士課程に進学するかということ
については,学部生のころからいつも考えていました。当時から,アメリカ
の大学院留学は候補の一つだったわけですが,特に大学院留学に傾くことに
なった理由のひとつに,アメリカ大学院における人材の流動性があげられ
ます。

当時アメリカの大学院に知り合いがいたわけではありませんが,本などを
通じて知ったことに「アメリカでは,大学院は学部時代とは違うところに
進学することは普通らしい」というのがありました。これは当時の私の在籍
していた大学院からすれば,あまり一般的でない発想でした。しかし,留学
に関する本やアメリカ大学院について取り上げている記事などでは,活発な
人の動きがアメリカのサイエンスを支えている,というようなことが書いて
あったと思います。このまま同じ研究室に残って学位を取って,という
生き方でいいのだろうか?と悩んでいた時期でもあり,このような文言は
非常に魅力的で刺激的でした。そのようなことから,博士課程は他大学に
出ようと考え始め,どうせ出るなら,いつかは戻りたいと思っていた
アメリカに行こうと考えるようになりました。

しかし,「留学」を考えていながらも学部時代のモチベーションの低さから,
修士からの留学など不可能で,日本でそのまま修士課程へ進学しました。
大学院ではモチベーションも学部時代に比べれば格段に上がり,色々と学び
たいという気持ちが高まっていました。残念ながら,技は見て盗めではない
ですが,自由にやらせる(=何も指導しない)のがよい指導というような
環境の中で,思うようにことが進まず,かなりフラストレーションが溜まり
ました。当然そのような環境が合う人もいたわけですが,私にはさっぱり
合いませんでした。

さらにがっかりさせられたのが,十分に計画を練られたとは思えない大学院
の講義でした。そんな経験から大学院の教育・指導って一体なんなんだろう
か?と当時よく考えていました。当時,比較対象となるものもなかったので,
外に出て他を見てみたいという気持ちがますます強くなったことを覚えて
います。

実際にアメリカの大学院で受けた講義は,ずいぶんと日本のそれとは違う
ものでした。課題の多さなどから学期中は講義中心の生活となってしまい
ましたが,博士課程の学生を対象とした講義では,つい半年ほど前の研究
成果でさえも話題として取り上げられるなど,実に出し惜しみのないものが
多く,充実した時間を過ごしました。自分の研究分野と関係のないことに
ついても,興味のある授業をたくさん取ることができ,それだけでも留学
した価値があったように思います。

研究に関して言えば,日本にいた当時私が気になったことのひとつに,
あまりに特定の狭い範囲に入り込んでしまって,卒論・修論・博論とそこ
から抜け出ることのできない先輩たちの姿がありました。そうでもしなけ
れば,世界に通用する一流の研究者になれないという意見もあるでしょう
し,それはそれでよいとする考えの人もいるとは思います。でも,私はなん
となく違和感を感じていました。自分はもっと,色々なことに関わりたいし,
色々なことを試してみたいと思っていました。また博士課程で研究分野を
大幅に変えるのもまたよいのでは,と思っていました。

結果として私は,日本での修士までの研究とアメリカでの博士研究は同じ
環境工学で,土を対象とする研究分野でありましたが,先の研究紹介にある
ようにだいぶ違うものになったわけです。留学をしなければ,このような
変化も難しかったのかなと思います。留学先で思い切って今までと違う手法
に取り組んだおかげで,視野は広がり,日本にいたときよりもだいぶ違った
視点,切り口から「土」を見られるようになったように感じています。

このようにアメリカの方が,研究テーマを選ぶ段階において,学生のバック
グラウンドにとらわれることなく,非常に柔軟であると感じました。これは
大学院において,修士から博士に進む段階で他大学に移る学生の多い
アメリカでは,当たり前と言えば当たり前かも知れません。違う大学院で
違う指導教官に付けば,たとえ同じ専門領域にいたとしても必然的にテーマ
も変わってきます。

また,一度働きに出て,その後博士号を取りに大学院に戻ってくる例や,
専門をまったく変えてしまう例(機械工学→環境工学など)も数多くあり,
そのような学生に対応しなければ,学生が集まらなくなるという現実的な
問題もあるようです。これは,先にあげた大学院講義のところにも関わって
くることですが,専門分野を変えた学生を教育していく上で,細かい丁寧な
講義によって,その分野の知識の乏しさなどを補うことが可能になっている
ようです。このように色々な意味で自由度の大きい点も,私にとっては
アメリカ大学院の魅力であり,留学の動機付けのひとつとなりました。

こうして振り返ってみると,私の大学院留学は,「人材の流動性」やそれに
伴う「専門教育の柔軟さ」や「細かい大学院教育」などで表現される
「アメリカの大学院」というシステムの中で,研究者・教育者として生きて
いく力をつけたいという,強い思いによるものだったと思います。果たして
留学という選択が結果的によかったのか,まだ結論は出ていません。ただ
これまでのところ悪かったとは思えないので,まあよかったということに
なるのでしょうか?また,大学院留学を通して,大学院における教育・指導
の私の理想像というのができつつあるので,この点に関してはよかったと
思っています。自分の描いた理想像について,将来実践で試す機会が得られ
ればいいなと思います。



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自己紹介 
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斎藤 広隆
1995年東京大学農業工学科(現生物・環境工学科)卒業。1997年同修士
課程修了。2003年ミシガン大学土木・環境工学科博士課程修了(Ph.D.)。
その後ポスドク研究員としてサンディア国立研究所,カリフォルニア大学
リバーサイド校(UCR)にて研究に従事。2006年6月からは日本学術振興会
海外特別研究員として,UCRにて研究を継続。そして2006年11月より,
日本版テニュアトラック制度として新設された特任助教授(現準教授)に
採用され,東京農工大学にて研究・教育活動に取り組む。



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編集後記 
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アメリカ大学院に応募していたのは,今からちょうど10年前の97年でした。
留学準備を始めたのは,さらに1-2年前ということになります。今回この
メルマガの執筆にあたって,当時何を考えていたのか思い出そうとしました
が,正直,正確に思い出すことは難しかったです。

でも,行きの飛行機の中で考えていたことは鮮明に覚えています。「俺,
何でこんなことやっているんだろう。いまさら戻れないし,どうしよう。」
でした。家族や周りの人間には留学すると触れ回っていた手前,強がって
いましたが,いざ飛行機に乗ってアメリカへ,という段階で少し弱気に
なっていたんですね。

留学準備をして,実際に大学院から合格をもらっても,どうも現実感が
なかったのでしょうか。振り返ると,どうも「留学する」ということが目標
のようになって,「渡米後」のことについての準備が十分でなく,もしか
したらそれが弱気の原因だったのかも知れません。ただ渡米後は新しい環境
に慣れるのに必死でしたし,日々の勉強などに追われて弱気になることも
なく,気付いたら数年が経っていました。

自分の経験で「留学準備中」に予想していることと,実際に「留学中」に
起こることには,天と地の差ほど違いがあるということが分かりました。
これを読んでいる皆さんには,留学を目指している人も多いかと思いますが,
留学準備中に色々と不安になることがあるかも知れません。しかしどんなに
情報収集をしても,実際に留学先に行って,留学生活を始めないと解決
しないことがほとんどです。

留学する上で,不安になる気持ちや弱気になるのは至極普通だと思います。
でもあまりそれにとらわれずに,とにかく日本を飛び立ってしまうのが解決
には一番だと思います。頑張ってください。
(斎藤)



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