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【海外サイエンス・実況中継】 我々の生活に欠かせない土。その中を移動する物質をシミュレーションする~ 環境工学・土壌物理学

posted Jan 9, 2012, 9:13 AM by Yunke Song   [ updated Jan 9, 2012, 9:13 AM ]
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_/ 『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』 
_/  April 2007 Vol 7 No 1 
_/  カガクシャ・ネットワーク → http://kagakusha.net/ 
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研究の最前線をお伝えする第7弾。今回はミシガン大で博士号を取られた
斎藤さんが、「環境工学」に大きく貢献する「土壌物理学」について、紹介
してくれます。我々がふだん意識せずに踏んでいるもの、土。我々が口に
する作物の質も、土によって大きく左右されています。その土壌が世界中で
汚染されつつあることが関心を呼ぶようになって久しくなりました。では
その問題をどのように解決していくか・・・本文を読んでみて感じとって
ください。



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今日のエキスパートな質問(答えは下にあります)
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1.「土壌物理学」とはどのようなことを研究する学問でしょうか?

2.土壌中での物質移動をシミュレートするのに最大の問題点は?そのような
問題がなぜ生じるのでしょう?

3.その問題を解決するために有用な、「地球統計学」で用いられた手法とは?



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我々の生活に欠かせない土。その中を移動する物質をシミュレーションする
~ 環境工学・土壌物理学 
                         斎藤 広隆
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皆さんは環境工学と聞いてどんな事をイメージしますか?機械工学や土木
工学であればもう少しイメージしやすいとは思うのですが,環境工学と言う
とまだ一般的に浸透しているとは言えないような気がします。それでいなが
ら,「環境」というキーワードのおかげで,「環境工学を勉強してるんですか。
環境にいいことしているんですね。」というようなことを言われがちです。
なんだかよく分からないけど,環境によさそうなことをしているに違いない,
というのが多くの人がイメージしている「環境工学」ではないでしょうか?

必ずしも間違っているとも言えませんが,他の学問分野と同様,環境工学と
ひとことで言ってもその専門分野は土を対象とするもの,水あるいは大気を
対象とするものなど実に多様です。その中でも私は学部時代から一貫して
「土」を対象として,研究活動に携わってきました。「土」を対象とする
学問と言っても,土壌学,土壌化学,土壌物理学,土壌微生物学など土壌
○○学という名の研究分野は実にたくさんあります。歴史的に土壌に関する
研究の多くは,農業において生産性向上を目指すことを目的として始まって
いるわけですが,現在では,土壌汚染の広がりから,環境工学(あるいは
環境科学)においても不可欠なものとなっています。

さて,自分のことに話を戻しますと,私は元々農業工学で学んでいたわけ
ですが,「土壌物理学」という,土の中の現象を,主に物理的な視点から
解明していこうという専門分野の中に身をおいていました。具体的には,
土中を水やさまざまな化学物質あるいは熱エネルギーがどのように移動し,
またその過程において,物質がどの様な変化をしていくのかということを
研究していました。農業分野での応用を考えた場合,例えば畑地からの肥料
や農薬が土の中をどのように移動し,河川や地下水に到達するのかという
ようなことを解明するのに,土壌物理が適用されることになります。それら
は化学物質ですから,移動の過程でさまざまな化学反応を起こしますし,
微生物による分解もあり,物理学といっても化学・生物学的な視点も不可欠
となります。

現在では,農業工学を発端とする研究の多くも学際的になり,農業分野以外
への応用が増えたことから,農業工学という名前の学科は日本ではほとんど
見られなくなりました。私の所属していた農業工学科もその例からもれる
ことなく,大学院に在学していたときに,生物・環境工学科へと名前を変え
現在に至っています。名前が変わってまだ10年ほどですので,中身は
いまだ農業工学の時代と変わっていない部分もたくさんあります。しかし,
時間はまだかかりそうですが,生物・環境工学という新たな分野への挑戦
および移行は,徐々に進んでいるようです。

と,自分の研究紹介と関係のない話をあまり続けても仕方ないので,本来の
研究紹介に話をもどします。

さて農業分野以外で,土の研究が取り組む身近な問題として,先ほど触れた
土壌汚染に関するものがあります。様々な人間活動の結果,土に重金属や
ダイオキシンなどの汚染物質が残され,その土にさらされた人間に深刻な
健康被害を起こすおそれがあります。これら汚染物質の除去は,従って緊急
かつ重要な課題となっています。

効果的な土壌汚染の改善計画を立てるためには,対象としている汚染物質の
土中の挙動を理解する必要があります。この研究分野では「Fate and 
transport」という言葉がよく使われます。これは「運命と移動」
と訳さます。つまり,着目している(汚染)物質がどのように移動し,
また変化して,最終的に「どこに」「いつ」「どのような形で」たどり着く
のか,ということを正しく予測することが求められるわけです。

水や物質の土中での挙動を解明するには,様々な手法が取られてきましたが,
ひとつに数値モデル解析があります。いわゆるコンピュータ・シミュレー
ションです。土中での物質移動に関する「支配方程式」があり,それを
数値的に解いていくことになります。

一番の基本となる考え方は,土中の現象であっても高校物理と同じで,水は
エネルギーの高いところから低いところへ流れます。そしてこの水の流れと
連動して,他の物質や熱は移動をします。この支配方程式を解くには,
おのおのの土に固有な係数をきめる必要があります。したがってシミュレー
ション結果の精度は,支配方程式のみならず,係数の値の精度にも左右され
ます。

係数を決めるには,多くの場合カラム実験が使われてきました。
カラムとは通常,直径5?10cm,長さ10?20cmほどの円筒のことで,
そこに土を詰めて制御された環境で水や溶質を流し,その挙動を観察します。
こうして土壌物理の分野では,カラムを使っておのおのの土や化学物質に
固有な現象や特徴を把握して,普遍的なモデルを作り出すことを目指して
きました。

しかしカラム内での現象を再現できるようになったとしても,実際に現場
レベルでの水の流れや溶質の移動を予測しようとしても,これがなかなか
うまくいきません。対象現場からカラム試料を取ってきて実験室で流れを
観察し,係数を同定できたとしても,その係数を使って現場での移動を予測
しても実際のデータとは合わないことがほとんどです。なぜでしょうか?

それは,カラム内の比較的均一で制御された環境と,実際の現場では条件が
あまりに違いすぎるからです。まず小さなカラム内での現象をもって,現場
の現象を代表させようとすることに,若干無理があるようです。支配方程式
からして,適用できない可能性もあります。

ある現場で10メートルの直線上で,1メートルおきに,11個の土壌
サンプルを取ってきてカラムにつめたとします。各サンプルについて,水の
流れやすさを表す物性のひとつである,透水係数を測ったとします。すると
サンプルごとに位が2桁,3桁違う結果が出ることは,よくあることです。
見た目にはあまり違いのない土であっても,そのような結果はまったく驚く
に値しません。これが土壌物性の「空間不均一性」と呼ばれるものです。

この土の物性値が空間的にばらつく現象(“不均一性”)は,現場での物質
移動をモデル化する際,重要な役割を持つことになります。この不均一性を
数学的にモデル化をすることは非常に困難で,長い間現場レベルでの土中の
物質移動を扱う上での大きな壁でした。この不均一性を無視しないシミュレー
ション技法の確立は,現在でも非常に難しい課題として残されています。

私は修士論文で,ある湿原内の水移動について,数値計算を行いました。
計算をするにあたって実際に湿原に調査に行き,湿原から周辺水路への水の
漏れを細かく測定したわけですが,これはもうばらつきが激しく,ある場所
からは多量の水が流れ出ているにも関わらず,ある場所からは染み出るよう
に水が出ていて,他のところはまったく水が漏れていないといった状況で
した。数値計算をする上での各パラメータの値は,湿原内で得られた値を
代表値として用いたわけですが,水の漏れに関するばらつきについては
まったく再現不可能でありました。このことがひとつの動機づけとなって,
とにかく現場レベルでの水の流れなど,土の激しい空間的ばらつきをモデル
化するということに興味を持つようになり,アメリカにおいて土壌汚染物質
の空間不均一性のモデル化に関して博士論文を書きました。

空間不均一性を定量的に評価するひとつの方法に,確率・統計的な手法を用
いる方法があります。確率・統計的な考え方の中では,土の性質もサイコロ
の目の出方のように,その値はある確率であらわすことができるとします。
ただし完全にランダム,つまり規則性がないというわけではなく,ある法則・
仮定のもとでの確率問題となっています。

このアプローチは通常の統計学と異なり,各データの空間内での位置に関す
る情報を組み込んだ統計学で,1960年代に生まれた「地球統計学
(Geostatistics)」と呼ばれる学問体系として発展をしてきました。
かつては資源工学や石油工学といった専門分野で,採掘可能な鉱物量の推定
などを中心に使われていましたが,現在では幅広く環境学全般に,その応用
分野は広がっています。地球統計学により,空間的なばらつきを,ある統計
量を用いあらわすことができ,ばらつき自体をシミュレートし,再現する
ことができるようになりました。残念ながら現在までのところ,日本で地球
統計学を体系的に学べるところはほとんどなく,アメリカあるいはヨーロッ
パを中心に発展をしています。

現場の不均一な土中の水や物質移動を予測するためには,地球統計学に代表
される確率的な考え方と,土壌物理学のように物理則にのっとった学問領域
を融合させることによって大幅に改善されると考え,現在研究を進めていま
す。現場レベルでの物質循環の予測は,地球規模での水の循環解析を目指す
うえで不可欠で,今後ますますその重要性が増すと考えられます。

さらにはリモートセンシングや環境計測センサーの技術向上にともなって,
土を乱したりすることなく,広範囲で環境を測定することが可能となって
きています。それら空間データを効率的に組み入れたモデルの開発が,これ
からはますます必要となります。空間情報を統合するためには,地球統計
学的な手法を用いるのがもっとも効率がよく,融通が利くとされています。
精度も,スケールも,量も異なる空間データを効率的に融合しモデルに
組み込むことで,水や物質の土中の移動予測の大幅な改善がはかられます。

土壌物理学におけるこのようなアプローチは,石油工学などと比べて明らか
に遅れていて,今後土壌の研究での発展が大いに期待されています。アメ
リカの大学では,このようなアプローチの有利な点を早々と見抜き,専門家
が集まり新たな学際分野として発展させようと試みているところもあります。
そのようなグループに置いていかれないよう,頑張っていこうと思っている
ところです。



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自己紹介 
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斎藤 広隆
1995年東京大学農業工学科(現生物・環境工学科)卒業。1997年同修士
課程修了。2003年ミシガン大学土木・環境工学科博士課程修了(Ph.D.)。
その後ポスドク研究員としてサンディア国立研究所,カリフォルニア大学
リバーサイド校(UCR)にて研究に従事。2006年6月からは日本学術振興会
海外特別研究員として,UCRにて研究を継続。そして2006年11月より,
日本版テニュアトラック制度として新設された特任助教授(現準教授)に
採用され,東京農工大学にて研究・教育活動に取り組む。



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今日のポイント(エキスパートな質問の答えです)
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1. 土壌の中を,水やさまざまな化学物質あるいは熱エネルギーがどの
ように移動し,またその過程において,物質がどのような変化をしていく
のかということを研究する学問。

2.実験室での比較的均一なカラムで計算された予測値が,実際のフィールド
での物質の移動値とあまりに違いすぎること。 それは現場での土壌の物性が
空間的にばらついているという「空間不均一性」が考慮されていないから。

3. 空間不均一性を,確率・統計量を用いてあらわすことができ,ばらつき
自体をシミュレートすること。



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編集後記 
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Ph.D.取得直後は,アメリカで業績を上げアメリカで就職を,と強く思って
いましたが,業績が増えるにつれ,日本からも声がかかるようになり,結局
日本で大学教員として就職し現職に至りました。

大学教員として研究・教育に従事するのであれば,日本もアメリカもあまり
関係ないのかな,と最近感じています。特に,昨年より始まった日本型
テニュアトラック制度下(http://www.tuat.ac.jp/~wakate/)では,
従来の教授?助教授-助手という縦割りの組織でなく,若手であっても独立
した研究者として,研究室の運営を任せてもらえるということで,特にそう
感じることができます。

農工大でも,アメリカの大学でPh.D.を取った教員が,今回テニュア
トラック教員として採用された2名を含めて何人かいます。海外での業績・
キャリアを,そのまま日本のキャリアにつなげることのできる時代になって
いるようです。


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